第十四話   比武

 修練場になっていた道家行どうかこうの中庭は、凄まじい熱気に包まれていた。


 ――異国人の女と阿門あもんが修練場で比武ひぶ(武術の試合)をする。


 そんな話を聞きつけた道士どうしたちが、面白半分で一斉いっせいめかけて来たからだ。


 さて、どうなるかな。


 俺は両腕を組みながら、見物人たちに混じって騒ぎの中心人物たちを見つめた。


 騒ぎの中心人物ことアリシアさんと阿門あもんは、修練場の中央で向かい合っている。


 もちろん、素手ではない。


 アリシアさんと阿門あもんは、対練用の木剣ぼっけんを持っていた。


 これはあくまでも比武ひぶ(武術の試合)であって殺し合いではない。


 だが、木剣ぼっけんとはいえ当たる場所によっては致命傷になりかねない。


 なので2人は寸止すんどめという試合形式でなら、中庭で比武ひぶ(武術の試合)を認めると道家行どうかこうから条件を出されていた。


「おい、金毛女きんもうおんな。本当に俺と比武ひぶ(武術の試合)をするつもりか? これだけの見物人が集まったら、やっぱりやめときますはもう通用しねえぞ」


 阿門あもんは手にしていた木剣ぼっけんで自分の肩を叩きながら、下卑げびた笑みを浮かべてアリシアさんに言う。


 一方のアリシアさんは、表情を変えずに首を左右に振った。


「私は金毛女きんもうおんなという名前ではありません。アリシア・ルーデンベルグという由緒正しい名前があります。これから試合をするのですから、相手の名前ぐらいは覚えてください。阿門あもんさん」


「はっ、異国人の名前なんて知るか。てめえなんざ金毛女きんもうおんなで十分なんだよ」


 アリシアさんは遠目でも分かるぐらい、大きなため息を吐いた。


「どうやら、あなたには異国人がどうのと言う前に人としての常識がないようですね……分かりました。それならば、互いに名乗らずにとっとと始めましょう」


 と、アリシアさんが毅然きぜんと言い放ったときだ。


 ちょっと待て、と阿門あもんは開いた右手をアリシアさんに突きつける。

 

「せっかくこれだけの見物人が集まったんだ。タダで闘るのは面白くねえ。どうだ? ここは1つ賭けをしようじゃねえか」


「賭け?」


「そうだ。てめえが俺に負けたら俺の弟子になれ。何でも俺の言うことを聞く忠実ちゅうじつな弟子にな」


 見物人たちからどよめきが走る。


 俺は組んでいた手に強く力を込めた。


 阿門あもんはアリシアさんを本当に弟子に取るつもりはないだろう。


 阿門あもん比武ひぶ(武術の試合)を利用して、異国人のアリシアさんを手籠てごめにしたいだけなのだ。


 そして、それは当の本人であるアリシアさんもすぐに理解したらしい。


「いいでしょう。もしも私がこの試合に負けたら、あなたの言うことを何でも聞く弟子になります。それこそ、昼だろうと夜だろうと私をあなたの考える稽古けいこで好きにしてくれて構いません」


 ですが、とアリシアさんは木剣ぼっけんの切っ先を阿門あもんに突きつける。


「私が勝った場合、あなたには一時的にではなく永久に道士どうしを辞めていただきます。よろしいですね?」


 おお~、と見物人たちからアリシアさんをたたえる歓声かんせいが起こった。


「がははははっ、言うじゃねえか。いいぜ、俺が負けたら道士どうしでも何でもすぐに辞めてやるよ」


 そう言うと阿門あもんは、比武ひぶ(武術の試合)の立ち会い人として中庭に来ていた道家長どうかちょうに顔を向けた。


道家長どうかちょう、そういうことに決まったから今回の比武ひぶ(武術の試合)をしっかりと見届けてくれよな?」


 道家長どうかちょう阿門あもんから目線を外すと、どう考えても賭けの条件としてが悪いアリシアさんにたずねる。


「本当にいいのですか? 先ほどの阿門あもんさんではありませんが、ここまで騒ぎが大きくなってはもう無かったことには出来ませんよ?」


「はい、それは重々じゅうじゅう承知しょうちしています。けれども、それは私だけではなく阿門あもんさんにも言えるということは忘れないでください」


 こくりと道家長どうかちょううなずいた。


「それは道家長どうかちょうとして誓います。阿門あもんさんがあなたに負けたときには、永久に道士どうしの資格を剥奪はくだつします。それだけではなく、この華秦国かしんこくにあるすべての道家行どうかこう阿門あもんさんを道士どうしに復帰させないよう通達しましょう」


 もはやたがいに言い訳は一切通用しなくなったとき、アリシアさんと阿門あもんの間に大気をゆがめるような緊迫感きんぱくかんが流れた。


 魔王とやらを倒した元勇者か……。


 俺はふと半日前のことを思い出す。


 どうやらアリシアさんは異国で魔王と呼ばれる、とてつもない力を持った妖魔を倒した人間なのだという。


 しかし、その魔王を倒したときに悲劇が起こった。


 魔王はアリシアさんに倒される寸前、渾身こんしんの力を振り絞ってアリシアさんに呪いを掛けたらしい。


 その呪いと言うのが、アリシアさんの体内の奥底にひそんでいた黒いきりだ。


 今思えば、あれは上位級の妖魔が放つ妖気の残留思念ざんりゅうしねんのようなものだった。


 だが、その呪いはもうアリシアさんの体内にはひそんでいない。


 俺がこの世から完全に消したからである。


 では、どうしてアリシアさんの体内に呪いが残っていたのか?


 そして魔王と呼ばれる妖魔を倒したにもかかわらず、どうしてアリシアさんはこんな遠い異国である華秦国かしんこくへとやってきたのか?


 理由は1つ。


 倒したと思っていた魔王の本体は生きており、しかもこの華秦国かしんこくへと逃げてきた可能性が非常に高いのだという。


 俺はアリシアさんから聞いた説明を思い出していると、闘いのが熟したと判断した道家長どうかちょうが高らかに声を上げた。


「それでは始めてください」


 俺を含めた見物人たちが見守る中、2人の比武ひぶ(武術の試合)のまくが上がった。

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