第九話    手合わせ

 この人だけは他の道士どうしと違うと思ったのに。


 私は長剣の切っ先を龍信りゅうしんさんに向けながら、下唇したくちびるを強くみ締める。


 試験である魔物退治に同行してくれると言ってくれたとき、私は先ほども本人に言ったが本当の本当に嬉しかった。


 そして同時にこうも思ったのだ。


 異国人には冷たいという噂は聞きおよんではいたが、やはり冒険者と同じく道士どうしの中にも人種で差別などしない真っ当な人間はいるのだ、と。


 孫龍信そん・りゅうしん


 私と同じ10代でありながら、卓越たくえつした武術の腕前を持っている道士どうしの少年。


 この人はかつての仲間とは違うかもしれない、と道中どうちゅうで考えていた。


 今でこそ1人旅を続けている私だが、こんな私にもかつては一緒に魔物と闘う仲間たちがいた。


 しかし、互いに信頼性があったかと問われれば強く肯定こうていできない。


 なぜなら私のかつての仲間たちは人々の平和をおびやかす巨悪と闘うため、国王に命じられて一時的にパーティーを組んだだけに過ぎず、それぞれ実力は持っていたものの連携性れんけいせいがほとんど欠けていたからだ。


 しかも仲間たちの目的は巨悪を倒したあとの人々の平和ではなく、巨悪を倒したあかつきには貴族の仲間入りができるからという即物的な理由だったことは後になって知ったことである。


 そんなかつての利己的りこてきな仲間たちとは違い、異国人である私に対しても誠意せいいを見せてくれた龍信りゅうしんさんは尊敬に値すると思っていた。


 同世代ということで、勝手に親近感がいていたこともある。


 だが、結局のところ龍信りゅうしんさんには裏切られる結果になってしまった。


 でも、それならそれで構わない。


 私は気持ちを落ち着かせるため深呼吸をした。


 続いて龍信りゅうしんさんをさらににらみつける。


 ほとんどおどしのような形になってしまったが、今の私は引くに引けない。


 たとえ龍信りゅうしんさんに失望されたところで、龍信りゅうしんさんの匙加減さじかげん1つで道士どうしになれるかなれないかが決まるのなら、私は道士どうしになれるほうに全力を尽くす。


 たとえそれが最低な行為だと自分でも分かっていてもだ。


 などと私が思考をめぐらせていると、龍信りゅうしんさんは落ち着いた表情でたずねてくる。


「どうしました? 俺は腰の剣を抜かずに防御にてっしますので、遠慮えんりょせずにどこからでも掛かってきてください」


 その言葉にはさすがの私もカチンときた。


 龍信りゅうしんさんが強いのはよく知っている。


 けれども、素手の状態で剣を抜いた相手をするとは大口を叩きすぎだ。


 私を女の剣士だからとめているの?


 それともハッタリを言うことで私の油断を誘うつもり?


 私は自然体で立っている龍信りゅうしんさんをじっと見つめる。


 違う……この人は大口を叩いているわけじゃない。


 本当に今の私を素手で相手にできると思っているんだ。


 ――武人の強さは立ち姿にこそ現れる。


 このとき、大剣聖だいけんせいと呼ばれていた師匠の言葉が脳裏のうりをよぎった。


 かたすぎずゆるすぎない、理想的な立ち姿を見せた龍信りゅうしんさん。


 それは身体のことわり沿った、凄まじい修練を積み重ねた証拠に他ならない。


 私とて大剣聖だいけんせいの師匠の元で剣の修行に打ち込んだ身だ。


 本気の一端いったん垣間見かいまみせた、今の龍信りゅうしんさんの強さは目で見なくても大気を通して感じられる。


 だとしても、もう後には引けないのも事実である。


 ならばどうするか?


 決まっている。


 龍信りゅうしんさんを斬ることなく、私は道士どうしになれると認めてもらうしかない。


龍信りゅうしんさん……自分の言った言葉には責任を持ってくださいね」


 私は中段に構えていた自分の剣を、顔の右横に立てるようにして構え直した。


 八相はっそうと呼ばれる、師匠から習った剣術の構えの一つだ。


 コオオオオオオオオオオオ――――…………


 直後、私は猛獣のうなり声に似た独特な呼吸――息吹いぶきを上げる。


 すると私の腹の底から、が生み出されるのを如実にょじつに感じた。


 その力はやがて陽炎かげろうのように揺らめいて、私の全身をおおい尽くす。


 身体だけではない。


 私が持っている剣の隅々すみずみにまで行き渡っていく。


 しかし――。


 やっぱり、これが今の私の限界なのね……。


 私は本来の10分の1以下にまで落ちている力に改めて落胆らくたんした。


 魔法を生み出す魔力とは違う力――〈聖気せいき〉は肉体の状態に激しく影響する。


 のせいで肉体に制限が掛けられた今となっては、上手く呼吸もできずに一定以上の〈聖気せいき〉が生み出せない。


 果たしてこの程度の力で、龍信りゅうしんさんに認めてもらえるほどの力を振るえるのか?


 答えは分からない。


 だけど、ここで引くという選択肢だけはなかった。


 そして、龍信りゅうしんさんに余計な小細工こざいくが通用しないことも分かっている。


 だとしたら、私が取るべき行動は1つだ。


 私は剣を握っていた両手にギュッと力を込める。


 あの技を出すしかない。


 本来だったら龍信りゅうしんさんの身体を傷つけてしまうあの技も、肉体と〈聖気せいき〉が弱っている今だとせいぜい衣服を切り裂く程度だろう。


 けれども、それだけで十分だった。


 何せ龍信りゅうしんさん自身が言い出したことなのだ。


 自分の服を斬ることができたならば、道家行どうかこうには嘘偽うそいつわりなく私の活躍を報告する、と。


 やがて私はスッと両目を閉じてすべての雑念を消した。


 そして――。


「チェエエエエエエエエエイ――――ッ!」


 私は両目を見開くと同時に猿叫えんきょうという独特な気合を発し、八相はっそうの構えを崩さず龍信りゅうしんさんに向かって突進した。


 そのまま私は間合いを詰めると、龍信りゅうしんさんの脳天を狙って剣を振り下ろす。


 この瞬間、私は龍信りゅうしんさんは後方にけるだろうと読んでいた。


 龍信りゅうしんさんほどの腕前ならば、私の斬撃を後方に飛ぶことでけることなど造作もないだろう。


 それが千載一遇せんざいいちぐう好機チャンスだった。


 私は最初の斬撃をわざと龍信りゅうしんさんにかわさせ、そのまばたきをするかしないかの刹那せつなに返す剣を真下から跳ね上げる。


 秘剣・燕返つばめがえし。


 この技ならば龍信りゅうしんさんの衣服ぐらいは確実に切り裂けるはず。


 そう思っていた私の考えは一瞬で崩れ去った。


「――――ッ!」


 私はあまりの驚きに瞬きをすることも忘れてしまった。


 なぜなら、龍信りゅうしんさんは最初の斬撃を避けなかったからだ。


 それどころか、逆に踏み込んできて私の斬撃を受け止めた。


 そう、のである。


「とても良い斬撃です、アリシアさん」


 龍信りゅうしんさんは、左腕で私の斬撃を受け止めた状態でつぶやく。


「あなたの本来の力が発揮はっきされていたのなら、さすがの俺も〈硬身功こうしんこう〉では受け止められなかった。ですが……」


 続いて龍信りゅうしんさんは、握った右拳を私の腹部に軽く押しつけてきた。


「これが今のあなたの限界です」


 次の瞬間、私の体内で何かが爆発したような衝撃が走る。


 龍信りゅうしんさんが零距離ぜろきょりから攻撃を放ってきたのだ。


 私の視界はグチャグチャになり、両手から力が抜けて剣が地面に落ちる。


 そして、私の意識は大きな疑問とともに深い暗闇へと落ちていった――。

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