第八話    誤解ゆえに

 野狗子やくしを倒したあと、俺とアリシアさんは村長むらおさから「どうか、この村に泊まっていってくだされ」と大いに感謝された。


 村長むらおさは悩みの種だった野狗子やくしを倒してくれた礼として、村をげて俺たちをねぎらいたいのだと言う。


 しかし、その村長むらおさの申し出を俺は丁重ていちょうに断った。


 アリシアさんは一刻も早く道士どうしの資格が欲しかったようで、そのまま俺たちは村人たちの盛大な見送りを受けて村を出発したのだ。


 それから数刻後すうこくご(数時間後)――。


 俺とアリシアさんは、焚火たきびかこいながら座っている。


 これから西京さいきょうの街へ戻るため、開けた森の中で野営をしている最中だった。


 すでに日は落ちて、周囲は闇に包まれている。


 焚火たきびを起こしてから、どれぐらい経ったときだろうか。


「これで私は道士どうしになれるのですよね?」


 ずっと無言だったアリシアさんがたずねてきた。


 俺は焚火たきびからアリシアさんに顔を向ける。


 そうです、と笑顔で答えるのは簡単だった。


 現にアリシアさんは標的の野狗子やくしを倒したのだから、俺が道家行どうかこうに詳細を報告すればアリシアさんは道士どうしの資格を得られるだろう。


 しかし――。


「今のあなたには無理です」


 俺は建前たてまえとは裏腹に本音ほんねを口にした。


「なっ!」


 アリシアさんはガバッと立ち上がり、信じられないといった表情を浮かべる。


「そ、それは一体どういうことですか! 私は試験の合否ごうひを決める魔物を1人で倒したのですよ!」


 このとき、俺はアリシアさんが少し言いよどんだのを聞き逃さなかった。


 正直なところ、アリシアさん自身も気づいていたのだろう。


 野狗子やくしを倒せたのは、完全に自分1人の力ではなかったことに。


 とはいえ、俺のアリシアさんに対する意見は変わらない。


「そのままの意味です。アリシアさん、今のあなたの実力では道士どうしとしてやっていくのは無理です」


 俺はアリシアさんの視線を受け止めながら言った。


「だから、それはどうしてだといているんです!」


 今にも飛び掛かってきそうな勢いのアリシアさんに対して、俺は冷静な口調で「今のあなたは弱いからです」と答える。


「……あなたも他の道士どうしたちと同じだったのですね」


 一拍いっぱくを空けたあと、アリシアさんは俺をにらみつけながらつぶやいた。


「いいえ、急に本性を出すなんて他の道士どうしたちよりも性質たちが悪い。あなたも異国人の私が道士どうしになるのが気に食わないのでしょう? だから、私のことを弱いなんて決めつけて魔物を倒した実績をなかったことにする気なんですね?」


「それは違います。道家行どうかこうには、標的だった妖魔をあなたが倒したことはきちんと報告するつもりですよ」


 嘘をつかないで下さい、とアリシアさんは高らかにえた。


「そう言いながら、実際は適当な嘘を並べ立てて私の試験を不合格にするつもりなんでしょう!」


 アリシアさんはくやしそうに歯噛はがみする。


「あなたが道家行どうかこうで私に協力してくれると言ってくれたとき、私は心の底から嬉しかったんですよ。私だって世間知らずの馬鹿じゃない。この国の人々が――特に道士どうしと呼ばれる人たちが異国人をこころよく思っていないことは知っていました」


 だからこそ、とアリシアさんは力強く言葉を続けた。


「あなたの優しさが本当に身にみたんです。この人は他の道士どうしたちのように、異国人だからといって差別したりしない真っ当な人だ、と……でも、それは間違いだったようですね」


 そう言うとアリシアさんは、自身の長剣のつかにそっと手をえる。


「俺を斬るつもりですか?」


「それは、あなたの返答次第です」


 アリシアさんはゆっくりと躊躇ためらうように長剣を抜いた。


「私だってこんな真似はしたくありません。ですが、私はこの国でやらなければならないことがある。そして、その目的を果たすためには道士どうしになるのが一番の近道なんです」


 だから、とアリシアさんは長剣の切っ先を俺に突きつける。


道家行どうかこうには嘘偽うそいつわりなく報告してください。異国人の私でも道士どうしとしてこの国でやっていけると正直にです……もし、それが約束できないのであれば、こちらとしても実力行使じつりょくこうしをせざるをません」


 バチバチと生木なまきぜる音が響く中、俺はアリシアさんの険しい顔から俺に切っ先を向けている長剣へと視線を移した。


 長剣の切っ先が微妙びみょうに揺れ動いている。


 それを確認するだけで十分だった。


 アリシアさんは俺を斬るつもりなど毛頭もうとうない。


 だが、表向きでもこうしなければならないほど追い詰められているのだろう。


 それほどアリシアさんは何か大きな目的のために動いているようだ。


 だとすると、アリシアさんが道士どうしの資格を強く欲する理由も分かる。


 単なる腕をみがきたい武芸者ならば、わざわざ道士どうしになる必要なんてない。


 それこそ自分の命を担保たんぽに、道場破りや名の知れた武人に立ち合いをいどめばいいだけの話だった。


 だが道家行どうかこうに認められた正式な道士どうしになりたいということは、日々のかてを得るための仕事の他に欲しいモノがあるのだろう。


 すなわち情報だ。


 それも一般人には知ることができない裏の情報に違いない。


 このとき、俺の頭の中に怨恨えんこん復讐ふくしゅうといった言葉が浮かんだ。


 アリシアさんがこの国に来た理由で妥当だとうな線はこの2つだったが、もしかすると常人には理解できないもっと特別な理由があるかもしれない。


 けれども、何にせよアリシアさんが道士どうしになることは反対だった。


 少なくとも肉体が壊れている、今のアリシアさんが道士どうしになるのは無謀むぼうすぎる。


 今の状態のアリシアさんならば、近い将来において妖魔に返り討ちに遭って殺されのがオチだからだ。


 ただし、もしもアリシアさんの肉体が特別な事情で壊れているのなら話は別だ。


 駄目元でアリシアさんにを使ってみるか?


 俺が精気を応用したあの力――〈精気練武せいきれんぶ〉の1つを使えばアリシアさんの壊れている肉体を元の健常けんじょうな状態に戻せるかもしれない。


 ただ、そのためにはアリシアさんの肉体を詳しくる必要があった。


 では、それを今のアリシアさんに伝えて受け入れてくれるだろうか?


 俺は心中で頭を左右に振った。


 答えはいなである。


 いきなり赤の他人から「今のあなたの身体は壊れています。なので俺が治るかどうかてあげますよ」と言われ、「はい、お願いします」と当たり前のように承諾しょうだくする人間などいない。


 もしも承諾しょうだくするのであれば、そのる人間の確固かっことした実力と説明がなければ無理だろう。


 それに俺自身も、誰に対してでもそんな考えにいたるわけではなかった。


 大恩たいおんと興味があったアリシアさんだからである。


 店の修理代にてられた大金をもらった恩義と、どうして異国人である彼女がこの華秦国かしんこく道士どうしになりたいのかという興味があった。


 そんなことを考えていると、アリシアさんは「なぜ、ずっと黙っているのですか!」と声を荒げた。


「もしかして、私が斬らないとたかくくっているつもりですか? だとしたら見当違いです! 私が斬ると言えば本当に斬りますよ!」


 などと言い放ったアリシアさんを見て、ふと俺の脳裏に名案めいあんが浮かんだ。


 同時に俺はゆっくりと立ち上がる。


 そして――。


 分かりました、と俺は落ち着いた声で伝えた。


「俺を斬れるのなら、どうぞ斬ってみてください。たとえ身体が無理でも服を斬ることができたならば、道家行どうかこうには嘘偽うそいつわりなくあなたの活躍を報告しますよ」

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