第六話    目付け役

 アリシア・ルーデンベルグこと私は、その黒髪の少年を見て目を丸くさせた。


 さっき私が立ち回りの鑑賞料かんしょうりょうをあげた少年?


 私は目の前に現れた、孫龍信そん・りゅうしんと名乗った黒髪の少年を食い入るように見た。


 年齢は私と近い17、8ぐらいで合っているだろう。


 どうもこの国の若者は、私たち西方の人間からすると実年齢以上に若く見える。


 そしてよく見ると顔立ちは整っているほうに入っていて、裕福な家柄いえがらなのか身なりはきちっとしていた。


 また奇妙な長剣を持っているのと上衣うわぎすそがかなり長い、農紺色のうこんいろの動きやすそうな服を着ているのも先ほどと同じだ。


 どうやら、立ち回りの鑑賞料かんしょうりょうをあげた少年に間違いない。


 などと私が思っていると、髭面ひげづらの大男は黒髪の少年――龍信りゅうしんさんを見て「お前みたいな小僧が道士どうしだぁ?」とうたがうような表情を浮かべた。


「小僧、いきなりしゃしゃり出て来てすぐにバレるような嘘をつくんじゃねえよ。お前のようなクソ弱そうな奴が道士どうしなわけねえだろ」


 いえ、彼はかなり強いわよ。


 実際、私は大通りで刃物を持った男たちを一蹴いっしゅうした龍信りゅうしんさんの姿を見ていた。


 それだけではない。


 確かに一見すると龍信りゅうしんさんは、細身ほそみ荒事あらごとに向いていないように見える。


 だが、そう決めつけてしまうのは観察力と想像力のない人間だ。


 外見にまどわされず注意深く龍信りゅうしんさんを観察すれば、彼が草食動物の皮をかぶった肉食動物のような強さを有しているのが分かる。


 左右にブレずにぴんと伸びたじくの強い姿勢。


 衣服の上からでもかすかに分かる、強靭きょうじんでしなやかな筋肉の盛り上がり。


 日頃から素手の鍛錬たんれんも欠かしていないのだろう。


 左右の手の人差し指と中指の付け根――拳頭けんとう部分には、突きで拳を鍛えていると分かる拳ダコがしっかりと作られていた。


 そんな龍信りゅうしんさんは堂々と髭面ひげづらの大男に言い放つ。


「俺は嘘なんてついてないぞ。何だったらそこの受付嬢に調べてもらってくれ」


 そう言うと龍信りゅうしんさんは、挙動不審きょどうふしんになっていた受付嬢に顔を向けた。


 すると髭面ひげづらの大男も受付嬢に視線を向けて「おい、すぐに調べろ」と言う。


「は、はい! ただいま!」


 受付嬢は慌てて奥の部屋から一冊の台帳だいちょうを持ってきた。


 冒険者ギルドで言うところの、正式な道士どうしの名前が記載された登録リストなのだろう。


 台帳だいちょうをめくる手を止め、受付嬢は「ありました!」と大声で言った。


「確かに3年前に孫龍信そんりゅうしんさんは道士どうしの資格を得ています。ですが、資格を得てからは1度も正式な依頼を受けていませんね」


「仕事の依頼までは受ける必要がなかったんでな」


 と、龍信りゅうしんさんは荷物入れから小さな木札きふだを取り出した。


 その木札きふだには難解なんかいで奇妙な字が書かれている。


「ふん、未だに信じられねえがどうやら本物の道符どうふのようだな」


 髭面ひげづらの大男は忌々いまいましく舌打ちした。


 どうやら、あの道符どうふという木札きふだ冒険者証ライセンス・カードに相当するものらしい。


 直後、龍信りゅうしんさんはキッと髭面ひげづらの大男をにらみつける。


「だったら、これで俺が目付け役として同行するのに異論いろんはないよな?」


「うぐ……」


 龍信りゅうしんさんの言葉に、髭面ひげづらの大男が顔をゆがめた。


 そのときである。


「少しだけありますね」


 受付嬢の後ろにあった部屋から1人の男が現れた。


 40代半ばとおぼしき、西方でも珍しい遠眼鏡とおめがねをかけた長身の男だ。


道家長どうかちょう、お疲れ様です」


 そんな長身の男を見た瞬間、かしこまって頭を下げたのは受付嬢である。


 私はすぐにピンときた。


 この長身の男はギルドマスターだ。


「少しだけとはどういうことだ? まさか、道家長どうかちょうのアンタも異国人には道士どうしの資格を与えないと言うのか?」


 一拍いっぱくを空けたあと、龍信りゅうしんはギルドマスターにき返す。


「そんなことはありません。道家行どうかこう規定きていに異国人へ道士どうしの資格を与えないとはありませんから」


 ですが、とギルドマスターは語気ごきを強める。


「異国人にこれまで道士どうしの資格を与えた前例が少ないのも事実……そこで、私からそちらの異国の方へ条件をつけさせていただきます」 


 ギルドマスターは私に顔を向けると、「あなたは異国では冒険者でしたか?」とたずねてきた。


「……はい、私は冒険者でした」


 嘘ではない。


 しかし本当のところは、だ。


「でしたら話は早い。ちなみにお名前は?」


「アリシアです。アリシア・ルーデンベルグ」


「分かりました。アリシアさんですね。どうやら華秦国かしんこくの言葉での受け答えも十分に合格基準のようですので、道家長どうかちょうとしてあなたに道士どうしの資格を与えることに異論いろんはありません。けれども――」


 道家長どうかちょうはざっと周囲の道士どうしたちを見回した。


「普通の試験を受けるだけでは、他の道士どうしたちは納得しないでしょう。私の言っている意味が分かりますか?」


「…………」


 何となく分かるような気がする。


 私の生まれであったサーガイア王国では、多種多様な民族がひしめく〝人類のるつぼ〟のような国だったため、異国人が冒険者登録をしようとしても推奨すいしょうされることはあっても拒否きょひされることはない。


 それどころか、見どころのありそうな人間は異国人であろうとも他の冒険者パーティーから勧誘かんゆうされることも多った。


 けれども、単一国家たんいつこっかの面が強い華秦国かしんこくでは逆なのだろう。


 外から来る異国人に対して、思った以上に風当たりが強い。


 つまり、異国人がこの国で認められるには相当なことをしないと駄目なのだ。


 だからこそ、道家長どうかちょうは遠回しにいているに違いない。


 他の道士どうしたちよりも難易度の高い資格試験を受ける覚悟はあるか、と。


 私は道家長どうかちょうに大きくうなずいた。


「普通よりも難易度が高い試験でも構いません。ですので、どうか私に道士どうしの資格試験を受けさせてください」 


 掛け値なしの本気だった。


 この華秦国かしんこくで日々のかてを得るため、そして一般人には手に入らない情報を得るためには冒険者に等しい道士どうしになる必要があるからだ。


「どうやら本気のようですね」


 でしたら、と道家長どうかちょうはニコリと笑った。


「アリシア・ルーデンベルグさん。あなたには道士どうしの資格を得る、第四級の妖魔討伐とうばつの試験を受けていただきます。よろしいですね?」


 第4級の妖魔討伐とうばつ


 この道家長どうかちょうの言葉に周囲がざわついた。


 それでも道家長どうかちょうは気にも留めずに言葉を続ける。


「異国で冒険者をしていた方なら分かると思いますが、道家行どうかこうにも仕事の内容や危険度に応じて等級ランクが決められています。たとえば異国の冒険者ギルドのAランクとは、この華秦国かしんこく道家行どうかこうでは第1級という具合に」


 道家長どうかちょうの説明を要約するとこうだ。


 Aランク→第1級。


 Bランク→第2級。


 Cランク→第3級。


 Dランク→第4級。


 Eランク→第5級。


 そして本来は道士どうしになることを希望する新人には、最低等級ランクである第5級の魔物討伐とうばつが与えられるらしい。


 だが、今回の私の資格試験の難易度は1ランク上の第4級。


 しかも話を詳しく聞くと、名目上は第四級でも実際の難易度は第3級に近いのだという。


 なるほど、これぐらいのことをしないと周囲に認められないというわけね。


 仮に試験に合格して今後も道士どうしとして活動していくためには、他の道士どうしや別の街の道家行どうかこうの協力をあおぐこともあるだろう。


 そのとき、異国人であるということが不利になるのは明白だ。


 しかし、私が通常よりも難易度の高い試験を受けて合格した道士どうしならば話は違ってくる。


 対応や口調さえ間違わなければ、よほどのことがない限り他の場所でも邪険じゃけんにはされないはず。


 もちろん、今の私に合格できたならの話だ。


 正直なところ、以前の私ならばDランクやCランク程度の魔物退治は余裕だった。


 だが、で以前よりも格段に弱くなってしまった今は分からない。


 ただし、ここであきらめるという選択肢は当然ながらなかった。


 肉体的な強さ以外にあった、私のもう1つの力が明確に告げてくる。


 、と。


 そう強張こわばった表情を浮かべたとき、道家長どうかちょうから「どうしました? やはり、試験を受けるのは止めますか?」と言われた。


 私は力強く首を左右に振る。


「いいえ、受けます……受けさせてください!」


 こうして私は孫龍信そん・りゅうしんさんという道士どうしとともに、私の国ではDランクからCランクに相当するという第4級の妖魔討伐に向かった。


 他の道士どうしたちから「どうせ無理だろう」と盛大に陰口かげぐちを叩かれながら――。

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