第五話    道家行

道家行どうかこうか……久しぶりに来たな」


 俺は街の中央から少し離れた場所にあった、西方などの異国では冒険者ギルドと呼ばれている道家行どうかこうへとやってきた。


 一見すると堅苦かたくるしい雰囲気のある寺のような外観だが、建物からは仏僧ぶっそうではなく道士どうしたちが使いこなせる〝精気せいき〟がひしひしと感じられる。


 すでに数十人の道士どうしたちが中に集まっているのだろう。


 そして、俺が会いたい金毛剣女きんもうけんにょもここにいるはずだ。


 よし、と俺は意を決して道家行どうかこうの正門をくぐった。


 そのまま正門の奥にあった本館の扉を開けて中へと入る。


 俺は入り口の場所で立ち止まり、ざっと周囲を見渡した。


 寺のような外観とは打って変わり、内部は酒場のような光景が広がっている。


 実際に中に入った直後、鼻腔びこうの奥を刺激する油と酒の匂いがただよってきた。


 う~ん……やっぱり、ここは破落戸ごろつきの溜まり場とあまり大差ないな。


 ただ、先ほどからんできたような破落戸然ごろつきぜんとした見た目の人間は1人もいない。


 いたのは大まかに2種類の見た目をしている道士どうしたちだ。


 すなわち俺と似たような格好かっこうをしている道士どうしか、戦場に行くような武装をしている道士どうしである。


 そんな道士どうしたちはそれぞれの卓子テーブルに座って飲食を楽しんでいた。


 それだけではない。


 ジャラジャラと音を鳴らして麻雀まーじゃんを打っている道士どうしたちもいる。


 しかし、俺は他の道士どうしたちのことなど眼中になかった。


 さて、1階にいないとすると金毛剣女きんもうけんにょは……。


 上か、と俺は2階に通じる中央の階段へと目線を移す。


 すると――。


「私に冒険者の資格が与えられないとはどういうことですか!」


 先ほど耳にしたりんとした声が聞こえてきた。


 この道家行どうかこうは1階部分が飲食店になっていて、中央の階段を上がった2階部分が道士どうしたちに仕事を斡旋あっせんする場所になっている。


 なので俺は早足で階段を上がって2階へと向かった。


「だから、この国では冒険者じゃなくて道士どうしという名称だって受付嬢が何度も言ってんだろうが! それに、てめえのような異国人の女に俺たちのような道士どうしの資格なんて与えられないってよ!」


 2階へと辿たどり着くなり、俺の視界に2人の人物の姿が飛び込んできた。


 1人は俺が会いたかった金毛剣女きんもうけんにょ


 もう1人は皮甲ひこうと呼ばれる、皮革製ひかくせいの鎧で武装した髭面ひげづらの大男だった。


「しかも、道士どうしの仕事の中でも特に危険な妖魔討伐とうばつを希望するだぁ?」


 はん、と髭面ひげづらの大男は鼻で笑った。


「無理に決まってんだろ。それとも、てめえは西方の異国人が使えるという魔法使いなのか?」


 魔法使い。


 その特殊な力を持つ者のことは、俺も仁翔じんしょうさまから聞いたことがあった。


 西方などの異国では何やら呪文という言葉を連ね、様々な超常現象を起こすことが出来る人間がいるという。


 この国では近しいところで道士どうしがそれに当たる。


 へそから3すん(約9センチ)下にある下丹田げたんでんった〝精気せいき〟を、自分の肉体や武器に込めて超常的な力を発するのだ。


 もちろん、道士どうしの中にはさらに発揮はっきする者たちがいる。


 それはさておき。


「いえ……私は……魔法は使えません」


 どもりながら金毛剣女きんもうけんにょが答えると、髭面ひげづらの大男は自分の優位性が高まったとばかりに大声で笑った。


「だったら、なおさら道士どうしになんざなれねえよ。大体、異国の人間が俺たちのような優れた道士どうしになりたいってのが間違いなんだよ。道士どうしってのは普通の人間では出来ない危険な仕事をしているんだ。分かるか? 正式な道士どうしの資格を持っているだけで偉いんだよ」


 そんなわけあるか。


 俺は髭面ひげづらの大男に対して心中で言い放った。


 この世には道士どうしよりも優れた人物など腐るほどいる。


 寛大かんだいな心で俺を養ってくれた仁翔じんしょうさまを始め、孫家そんけの屋敷で働いていた仁翔じんしょうさまの懐刀ふところがたなと呼ばれていた人たちなどだ。


 他にも仁翔じんしょうさまと交友が厚かった、はるばる王都の東安とうあんからたずねてくるご友人の方々も立派な人たちばかりだった。


 では、異国人に対して自分の凄さをうったえている髭面ひげづらの大男はどうか?


 どこからどう見ても一角ひとかどの人物とは思えない。


 そもそも、嘘をついている時点でそれは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


 道家行どうかこうで決められている規定きていにおいて、異国人には道士どうしの資格を与えないなどという項目はなかったはずだ。


 などと俺が思っていると、髭面ひげづらの大男は金毛剣女きんもうけんにょにシッシッと手を払う。


「理解したならさっさと自分の国へ帰りやがれ。それとも、そんなにこの国で働きたいなら花街はなまちで自分の身体を売る妓女ぎじょにでもなれよ。珍しいから客が押し寄せるかもしれねえぜ」


 黄色い歯を見せつけながら、高らかに笑う髭面ひげづらの大男。


 そんな髭面ひげづらの大男に同調するように、周囲にいた人相と性格が悪そうな道士どうしたちから嘲笑ちょうしょうが沸き起こった。


「で、ですが道家行どうかこうには異国人に冒険者……もとい道士どうしの資格を与えないという明確な規定きていはないはずです。それにこの街の道家行どうかこうでは、過去に異国人にも道士どうしの資格を与えたという前例があると聞きました。だから私はこの街に来たのです」


 間違いありませんか、と金毛剣女きんもうけんにょは先ほどから黙っていた受付嬢にたずねた。


「確かに過去にそのような例はありましたが……その、近年ではやはり異国人に道士どうしの資格を与えるのはいかがなものかという風潮がありまして……それに、道符どうふの発行のためにはこちらが指定した妖魔討伐とうばつの依頼を達成していただかなくてはなりません」


 そして、と受付嬢はばつの悪そうな表情で付け加えた。


「その妖魔討伐とうばつには目付け役として、1は同行させることが条件でして……」


 なるほど、髭面ひげづらの大男が言いたかったことはこれか。


 確かに俺のときもそうだった。


 そうなると、少しだけ状況が変わってくる。


 俺は金毛剣女きんもうけんにょから髭面ひげづらの大男に視線を移す。


 ほら見たか、と髭面ひげづらの大男は得意げな顔を浮かべた。


 同時に髭面ひげづらの大男は、周囲の道士どうしたちに大声でき始めた。


「おい、誰かこの中で異国人に手を貸す奴はいるか? いるわけねえよな?」


 周囲の道士どうしたちからは「いるわけねえだろ」とか「誰が異国人なんかに手を貸すかよ」とか金毛剣女きんもうけんにょを否定する声が返ってくる。


 これには金毛剣女きんもうけんにょも顔をうつむかせてしまった。


 無理もない。


 他の大陸の国よりも民族意識の高い華秦国かしんこくでは、相当の理由がない限り異国人を手助けすることはない。


 昼間から道家行どうかこうでくすぶっている低級の道士どうしたちならなおさらだ。


 こうなると、金毛剣女きんもうけんにょには成すすべがなかった。


 どんなに熱望しようと個人だけの力では限界がある。


「分かったら、さっさとここから消え失せろ。ここにはお前に手を貸す道士どうしなんざ1人も――」


 いないんだよ、と髭面ひげづらの大男が言葉をつむごうとしたときだ。


「だったら、俺がその妖魔討伐とうばつに同行しよう」 


 俺は無理やり話に割って入った。


 全員の視線と意識が俺に集中する。


「はあ? 誰だてめえは?」


「俺の名前は孫龍信そん・りゅうしん


 髭面ひげづらの大男からのにらみを受けつつも、俺は平然とした態度で答える。


「今からこの金毛剣女きんもうけんにょの目付け役になると決めた道士どうしだ」 

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