第2話

 住宅地を走り抜け、やがて小さな森が見えてきた。森の中、アイボリーの壁にダークブラウンの屋根の家が隠れるようにひっそりと建っている。

「あの森の入り口に家があるだろう。あれが俺の家だ」

マークはおでこに手を当てて身を乗り出した。

「あれか。ずいぶん小さい家だな。とても資産10億ドルの男が住む家には見えないが」

ビルは笑ったようだった。だが色の濃いサングラスのせいで表情はよく分からなかった。

「それがいいんだよ。独りだし、あまり広い家は落ち着かない」


 玄関の前の駐車場に車を停め、エンジンを切る。マークは助手席から降りてウーンと伸びをした。そして後部座席に乗せた買い物袋を取り出しているビルに話しかけた。

「小さいけど森の中っていいもんだな。緑が目に優しい」

「そうだろう?コンクリート・ジャングルはもうまっぴらさ。悪いけど荷物一個持ってくれないか」

 食品や日用品の詰まった紙袋を持って二人は玄関に向かった。紙袋を片手で抱えながら、ビルはカードキーを扉に差し込んだ。カチッと音がして鍵が開いた。マークは感心した様子でこう言った。

「カードキーの家なんてこの町で初めて見たよ」

 ビルは赤いクレジットカードのような鍵をヒラヒラさせて見せた。

「オートロックキーさ。これだけは譲れないこだわりなんだ」


 ドアを開け、ビルはマークを先に通し、後ろ手でドアを閉めた。背後で鍵がカチッと閉まる音が聞こえた。

「荷物は一旦その辺に置いてくれ。帰ったらやらないといけない儀式がある」

「いいけど…なんだ、儀式って」

 マークの問いには答えず、ビルはまずシューズボックスを開けた。しばらく眺めてから扉を閉めた。次に階段下の収納を開けて中を覗き込み、何かを確認したのち扉を閉めた。ビルの表情は至って真剣だった。マークは黙ってビルの後をついて回った。ビルは家中の扉のついた部屋や収納を開けて中を確認した。トイレ、クローゼット、キッチンの棚も一つ一つ丁寧に調べる。すべて確認し終わると、ほっとため息をついてマークに話しかけた。


「お待たせ。荷物を取りに行こうか」

「何やってたんだ?」

 マークの問いに、ビルは澄ました顔で答えた。

「部屋や収納に隠れている人間がいないか調べていたんだ」

「なぜ?」

「以前強盗に入られたことがあってね。それ以来家を空けて帰ってきた後は毎回チェックしてるんだ」

「なるほど。セキュリティ·サービスは頼まないのか」

「もう頼んでる。でも自分でも確認しないと落ち着かないのさ」

「金持ちも大変なんだな。俺の家も泥棒に入られたけど、何もなさすぎて逆にゴールドの腕時計を置いていってくれたことがある」

ビルは声を上げて笑った。

「良かったじゃないか」

マークはむすっとして答えた。

「良くないよ。どっかの盗品だったらしくて、被害者なのにしょっぴかれて散々な目にあったよ」

「マークらしいなまったく」

「あの泥棒め。もし会ったらおニューのワルサーで蜂の巣にしてやるのに」

 マークは憎しみに満ちた表情で手をピストルの形にしてバンバンと撃つ真似をした。ビルはマークの肩を宥めるようにポンと叩いた。

「まあまあ。家中歩いて疲れただろう?乾杯しようじゃないか」

 そういうとビルはキッチンのワインクーラーから瓶を一本取り出した。ラベルを確認し、誇らしげにマークに見せた。

「ウニコの年代物だ。結構高いんだぜ。今日会えた記念に開けよう」

 マークは大喜びで拍手喝采を送った。

「ありがとう。さすが億万長者様だ」

「えーっと、栓抜きはどこかな」

 ビルはキッチンの引き出しをがちゃがちゃとかき回した。だが栓抜きは見つからないようだった。ビルはしばし考え込んだ後、額をピシャリと打った。

「そうかしまった。栓抜きはこの間キャンプした時に失くしたんだった。すっかり忘れてた。買いに行かなきゃ」

「一緒に行こうか」

「いや大丈夫。他にも買い忘れたものがあるからついでに買ってくるよ。30分ばかり待っていてくれないか」

「わかった」

 ビルはワインクーラーにウニコの瓶を戻し、コートを羽織って出かけていった。


 ビルが帰ってくるまでテレビでも見るかとマークは思ったが、お調子者のマークはとあるイタズラを思い付いた。ジーンズの後ろポケットから携帯電話を取り出すと、ビルに電話をかけた。番号はハイスクール時代のものだったから繋がるかどうかは賭けだったが、5コール目でビルの声が聞こえてきた。

「ハロー」

「ハロー、ビルか?マークだ」

「どうした?何かあったか」

「ああ、会社から緊急で呼び出されちまった。悪いんだけど帰らせてくれ。パーティーはまた今度にしよう」

 電話の向こうでビルの落胆の声が聞こえた。

「そうか。残念だけどそれなら仕方ないな。会社まで送っていくか?」

 そんなことをされては計画が台無しだ。マークは慌てて断った。

「タクシーを呼んだから大丈夫だ。とにかくすぐ来いってボスがうるさくて。すまないな」

「気にするな。俺は基本的に暇だから。また声かけるよ」


 マークは礼を言って電話を切った。そして洗面所に行き、洗面台の下の収納を開け、中に入った。マークには少し狭いが、何とか扉は閉められた。

 体勢を整えて、マークは独り言を言った。

「懐かしいな。ハイスクール時代はこうやって色んな友達を驚かせて遊んでたっけ。例のホーム·チェックの時に俺がここにいたら、ビルのヤツ腰を抜かすだろうな」

 いつも飄々としているビルの驚いた顔を想像して、マークはクスクス笑った。

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