第3話

「ことはロジカルに考えるべきだ」

 保健室に戻って汚れた軍手を消毒してから、慧天は言った。保険医の先生は突然出て行って帰って来たあたし達に唖然としながらも、動物の死骸を触ったので、と手を消毒してくれる。もしかして今朝の? と訊かれたので、慧天がはいと応えた。あたしが言わなきゃいけない所だったんじゃないだろうか。だってこの事件はあたしが、本条静紅が考えなくてはならない事件なのだから。

 でも慧天はそんな気全然なくて、まるで自分の事のように考えてくれる。それは嬉しいけれどちょっと危なっかしくて、怖いものでもあった。慧天まで『うさぎ殺し』と罵られるのは嫌だったし、怖かった。慧天は自分から巻き込まれに来てくれたようなものだっただけに、余計に。給食はクラスメートが持って来てくれたけれど、下げるのは自分たちで給食室まで行った。なるべくクラスメートと顔を合わせたくなかったからだ。どうせ言われる。うさぎ殺しが帰って来たぞ。あたしじゃない。あたしじゃない、のに。


「ろじかる?」

「論理的に、筋道を立てて、って事かな。静紅ちゃんが最後に鍵を渡したのは誰?」

貴崎きさき先生。担任の先生に返すのがルールだから」

「貴崎先生はそれから誰かに鍵を渡したと思う?」

「解んない……でも必要はないと思うよ。今日も当番はうちのクラスの子だったし、その子には今日の放課後に渡せば良いだけだし」

「そう、つまり鍵の動きは貴崎先生で止まっている。その前は掃除をしていた静紅ちゃんだ。でも静紅ちゃんはやってない。動物の皮なんてカッターやハサミじゃあんなに綺麗に切れないよ」

「ちょ、ちょっと待て二人とも」

 入って来たのは保険医さんだった。

「まさか二人とも――」

「貴崎先生を疑っています」

「そんな、それこそ動機がないわよ! わざわざ職場でそんな事をするなんて、下手をすれば懲戒免職よ? 職を失うって大変なことぐらい、二人だって解るでしょ?」

「でも論理的に考えて、一番怪しいのは貴崎先生なんです。先生、僕たち放課後に先生に会いに行こうと思っているんですけれど、一緒に来てくれませんか?」

「……何をする気?」

 怪しまれている。そりゃそうだろう。職場の後輩の事なんだから。貴崎先生は今年が教員一年目だったと思う。お化粧が濃くてよく分からないけれど、そんなに年は行ってない。中年ぐらいの保険医さんとは一回りも違うかもしれない。

 そんな人を、女の人だけど、盾にしないといけない相手なのか。本当に貴崎先生がやったのか、私にはいまいち確信の持てない所だった。でも私が鍵を渡してからずっと持っていたのは貴崎先生だった。最後の持ち主を疑うのは、確かに論理的なんだろう。それにあたしも、あたしの無罪は誰より知っているし。じゃあ次に怪しいのは、あたしの後に鍵を持った先生だ。


 そんなわけで放課後、まだ先生が教室にいる時間に訪ねてみる。生徒は部活に向かってて、先生が鼻歌を歌いながらテストの採点をしているところだった。あたし達に気付いた先生は、あら、と笑う。いつもより晴れ晴れしい笑顔だった。後になって思う事だけど。

 保険医さんには隠れて貰っている。あたしは慧天の後ろに隠れるようにして。震えていた。どうしたの、と軽やかな声が響く。テストでもしていく? なんて、今朝の事がなかったような口ぶりだった。

 だけど、慧天はその風船に針を刺した。


「先生が犯人だ」


 くすくすと貴崎先生は笑っている。


「最後に鍵を持っていたのが先生だ。先生以降はいない。先生以前の静紅ちゃんは生きてるうさぎを確認しているし、鍵も掛けた。だから、先生がうさぎを殺したんだ」


 くすくす。けらけら。

 やがて哄笑になるそれに、あたし達はゾッとしたものを覚えた。

 慧天の腕を引っ張って、あたしは震える。

 慧天も震えているようだった。

 知ってる人が知らない人に見えた。


 あははははは。ひひひ。うふふふふふふ。ほほほほほほ。


 怖くて、あたしは、あたし達は、教室から逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る