第2話
「静紅ちゃんが帰る時にはまだ日はあったよね」
「うん、丁度夕焼けで眩しい時間帯だった」
「じゃあ鍵はちゃんと掛けられたはずだ。静紅ちゃんもうさぎは好きだったから、自分が当番の日にそんなミスをするわけがない。何より動機がない」
「どうきって何?」
「理由かな。静紅ちゃんはうさぎ達嫌いだった?」
ぶんぶんと頭を振る。だよね、と笑った慧天は、となると、と真面目な顔になる。
「あの鍵は随分古くて、確か前の用務員さんの時に作られたって話だったと思う。だからスペアキーは作れない。必然鍵は一つ。静紅ちゃん、掃除してる時は鍵をどうしてた?」
保健室で自習なんかぶん投げてあたしにそう訊ねる慧天は、ドラマで見る刑事さんみたいだった。でも詰問調ではなく優しく訪ねてくれてるから、私はまた泣かないで済んでいる。保険医さんは私達のやり取りを見てそわそわしているようだったけれど、慧天もあたしも知らんぷりだった。
「手にずっと持ってた。輪っかの所に指掛けて、落とさないようにしてた」
「となると、鍵に触ったのは静紅ちゃんだけになっちゃうね」
「でもあたしじゃないよう」
ふぇ、とまた泣きだしそうになると、うん、と慧天は笑って頭を撫でてくれた。
この幼馴染は昔からあたしが困った時には助けてくれる。信じてくれる。それに何度救われたかは、生まれてからずっと一緒だったから覚えて無いぐらいだ。あたしは早生まれなので余計に、慧天の方が逞しく見える。身体もちょっと、あたしより大きい。
頼りになるのは慧天だけだ、あたしは馬鹿だからきっと何も出来ない。何を言えば誤解が解けるのか、分からない。でも慧天なら。慧天なら、なんとかしてくれそうだと、思ってしまう。頼ってしまう。慧天はいつでも受け止めてくれるから。あたしのことを、助けてくれるから。
だから静かな保健室では、落ち着いていられる。空耳のように響くうさぎ殺し、帰れコールが気にならなくなる。慧天ならきっと。きっとあたしを、助けてくれる。
「……先生」
「えっ? な、何かな西園君」
唐突に水を向けられた保険医さんが、肩をビクッとさせた。その様子に慧天は少し笑い、訊ねるのはうさぎの埋められた場所だ。裏庭で、まだ土がこなれていないと言うところだから、慧天は立ち上がってあたしに手を差し伸べる。
「大丈夫。僕が静紅ちゃんのフラッシュ・ゴードンになってあげるから」
「……He save everyone of us?」
英語で習ったばかりの曲を反芻すると、にこっと慧天は笑った。
裏庭は湿気た空気が漂っていて、日が殆ど差さないのが分かった。借りて来たスコップで小山になっている新しい土を掘り返すと、少しして、赤黒く変色した毛皮が覗く。匂いはまだそれほどではなかったけれど、内臓が見えると思わずうっと込み上げるものがあった。慧天はやっぱり借りてきた軍手で、一匹の死骸を取り出す。そうして見るのは、お腹の大きな傷だった。よく見るとそこだけわざとらしいぐらいに開いていて、まるで食べやすいようにされているかのようでもある。それこそ、うさぎ殺しに。
「野生の動物の死骸は虫や獣に食べられるのが常なんだけど、それって言うのは柔らかい所からなくなって行くんだ。例えば目や肛門。もう少し進んだら内臓。でもこのうさぎ、内臓をわざとらしく見せるやり方で『殺されて』いる」
「な、何で殺されてるって解るの?」
「刃物の跡がある。傷が一直線すぎる。それに、逃げ出したうさぎがいなくて皆等しく殺されているって言うのがポイントかな。うさぎは夜目が効くけれど、カラスなんかはそうじゃない。だからカラスの嘴なんかの痕は、殆ど無い。まだ食べる前だったんだ。だからこんなに内臓が残っている」
「こ、怖くないの慧天」
「大丈夫。静紅ちゃんのためなんだもの、怖くないよ」
手の上から内臓を落としてもう一度埋め直したうさぎに手を合わせ、あたし達は保健室に戻った。
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