ヒーローは救われない
ぜろ
第1話
「きゃああああああああ!」
前庭から響いた声に、学校中に緊張が走った。教師も生徒もなんだなんだと集まってくる。学校の前庭にはうさぎの飼育小屋があった。それは変わらない。変わっているのは、そこにうさぎが一頭もいない事だった。否、いることはいた。むしろそれは『あった』と言うべきだろう。
八頭のアルビノのうさぎがすべて、死んでいた。
野良犬やカラスに眼や内臓をぶちまけられながら、それらはそこにいた。
「昨日の当番は誰だ!?」
どやしつけるような教頭先生の声に、手を挙げたのはあたしだった。
キッと睨まれて、身体が竦む。
「何故ちゃんと小屋の鍵を掛けておかなかった! これは君の責任だぞ、本条!」
「ちが……、あたしちゃんと返しました! 鍵を掛けて担任の先生に渡しました! 本当です!」
「うさぎ殺し!」
「
「本当です! 本当に掛けたんです! あたしじゃない、あたしじゃない!」
死骸の肛門にたかった蝿を振り払いながら、先生たちは取り敢えず指示を出した。生徒は校舎へ戻ること。教師はうさぎを埋める穴を掘ること。その中で泣きじゃくるあたしの声は無視された。視線が刺さって痛かった。うさぎ殺し。うさぎ殺し。違う、あたしじゃない、本当に。でもそれは信じて貰えず、教室に戻ってもそれは続いていた。
「静紅ちゃん? どうしたの、何か騒がしいけれど」
図書室に行っていた
「飼育小屋のうさぎが、全部死んじゃってて」
「えっ!?」
「昨日のうさぎ当番があたしだったからって、先生があたしのこと犯人みたいに言って」
「事実じゃねーか」
ぼそっと誰かが言うのに、そうよ、とまた誰かが言う。
「うさぎ殺し」
「うさぎ殺しの静紅」
「うさぎ殺し本条」
「違うっ!」
「うるせーようさぎ殺し。みんなで可愛がってたのに。お前が小屋の鍵掛け忘れたんだろ」
「違う、ちゃんと先生に渡したもん! 先生受け取ったもん!」
チッと舌打ちされる音が怖くて、あたしはぼろぼろ泣きじゃくる。そんなあたしの背中をぎゅっと抱いてぽんぽん宥めてくれたのは慧天だった。慧天はあたしの幼馴染で、英語が好きなおっとりした性格だ。聞いてるのはロックとかパンクとかデスメタルだけど、本人はいたって温厚な優等生だ。私みたいにちょっと頭が悪い生徒とは違って、品行方正である。伸びて来た髪に鼻を擽られながら、私は慧天にしがみついた。自分の髪はおさげである。慧天はちょっと長め。ごりごりそれを混じらせて、大丈夫、と慧天はあたしの背を撫でる。ぽんぽん。ぽんぽん。
「西園、お前まさか本条の言う事信じる訳? 鍵掛け忘れてないってのは本条一人の言う事だぜ。実際うさぎは死んでるんだし、本条が鍵を掛け忘れたって一番の証拠じゃねーか」
「僕は僕の友達を信じてるだけだよ」
「何? お前本条好きなの? 趣味わりーの、げー。うさぎ殺しの仲間だ」
「みんな席に着きなさーい」
がららっとドアを開けて入って来たのは担任の女の先生だった。いつもよりちょっと薄いお化粧、今日は体育じゃないのに。そしてどこか、軽やかな足取りだった。運動会も終わって先生方もその片付けが済んで、そんな時期にこんな事件が起こったにしては、何だか楽しそうだった。
「ホームルームは連絡事項だけ伝えるから、何か言いたいことがあったら今の内に――」
「せんせー、うさぎ殺しと一緒に授業受けたくありませーん」
「同じでーす。かーえーれ! かーえーれ!」
「あはははは! かーえーれ! かーえーれ!」
また泣きそうになったあたしの肩を抱いて、席に戻っていなかった慧天が先生にはい、と挙手する。西園君、と当てられると、帰れコールがいったん収まった。そして慧天は、キッと彼らを睨んだ。
「僕と静紅は今日は保健室で自習します。こんな教室に置いておけません」
「それなら本条さんだけで良いんじゃないの?」
「縋りつく藁は何本あっても良いでしょう」
ふむ。と鼻を鳴らす先生に、あたしは喚くように訊ねた。
「先生、私昨日鍵返しましたよね!? 先生キーホルダーに付けてましたよね!?」
「キーホルダーには残っているけれど、その前にちゃんと鍵を閉めたかは分からないわねぇ……掃除当番は一人だから誰も見ていなかったし。昨日は日が暮れるのも早かったし、もしかしたら掛け忘れていたのかも」
「先生!」
怒鳴ったのは慧天だ。
「証拠がないのはどっちもでしょう。これ以上煽らないで下さい。静紅、ランドセル持って、保健室行くよ」
「うぇ、ふぇえぇえっ」
散々泣きじゃくったあたしはべそべそとランドセルに教科書を入れて、前の席の慧天もそうして、あたし達は四階の六年生の教室から一番遠い保健室まで歩いて行った。
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