——3

「なっ——」


 ——? 咲は平然としていて、『なに?』という感じだったがガブリエルは地面でうつ伏せになっていた。

 助けつつ揺れた空を見上げると、波及する光の余韻の中心に塵状の残滓が舞っていた。その真下の地上にあるのは、……。


「ごめん! ——俺はあっちに行く‼︎」

「わっ、ええ⁉︎」


 妹は、咲に押しつけた。自分よりも痩せていて陽キャ(※しかも人気コスプレイヤー)な女子を前に妹はアンダーリムの眼鏡の中で、『へ?』『マジで⁇』『いやっ、怖っ。一人にしな——』という表情をした。しばらくは大人しくしているだろう——


 ◇


 戦光の炸裂した爆心地へ、地下鉄を降りて俺が着くと、崩壊した——〈彗星の騎士団〉新本部跡地の瓦礫から、影が長く伸び上がり俺を見下ろした。

 そこにいて、立ち上がったのは? その影を形作る光源は蒸気の如き燐光……骨と車輪が組み合わされ、稼働の度骨音の軋む骸骨異形。二振りの洋剣と車輪を以て疾走し、地上という地上を薙ぎ削るチャリオットの生命光。


「……一人かにゃ——?」


 俺が出て行くと、瓦礫から飛び降りた影——陰気な子猫を思わせる小柄な猫耳黒髪の美少女の背後へ、骸骨戦車がスキール音と猛烈な白煙を上げながら隷従した。


よみかッ。それにそいつは」

「♪ ——」


 やれやれとでも言うように両手を上げ、ため息をつくと、骸骨戦車が車輪を強烈に空転させ大量の白煙を噴き上げる。動画サイトをチェックすると、誰かが凄いテンションで今遠くからこの場所を撮っている映像が注目リスト入りしていた。

 詠がその方を見ると戦車が回り込み、慌てて配信がオフラインになる。


「第七十九層の」

「——ん〜⁇」


 詠は横目で俺を見た。わざとらしく猫耳がぱたぱたと動く。


「……ああ〜! 誰かと思えばまぁ〜だ居たのかにゃー? 白良彗星、一目見て逃げ帰ったかと思・え・ばっ、とことん頭の悪い奴にゃっ」

「第六十九層で祝福を得たのはおまえだったってわけか」


 俺は納得した。あの場所で行われていた、システムによるリソースの再分配。それを利用し、機能不全に陥らせていた咲が退場——となれば、新たに一人か二人くらい、能力を得たと思っていた。

 ……。俺は合図を送った。さっき撮影していた奴に、大丈夫だから続きを映せと動画へショートメッセージを送る。程なくオンラインになり、俺が映った。


「余裕かましても無駄、無駄にゃ、白良彗星。うちの能力は——〈魔王掌握〉。一度きり、一体に限って……! このダンジョンで現在最も強いモンスターを手駒にする。今、逃げればよかったのにゃ。にゃははっ、そうすれば無様に逃げ惑う背中から轢き潰してやっ——」


 俺は話を遮った。


「助かるよッ! ありがとう、詠。おまえは俺を救ったんだ——」

「にゃ? ……正直一時はビビったにゃ。突然全員で姿を消して、計画がバレたのかと思えばのこのこ遊びに行っただけ。自分たちの死が迫っているとも知らず、呆れちゃうにゃ! ……⁉︎」

「その能力に関して、おまえが嘘を言ってると俺は思わない。もう一度言おうか? 感情で行動するばかりのおまえには、自分がどうしたいかしかない。その癖——どうすればそれができるかも、最低限の仕様さえ知らないんだから助かるよ」


 第七十九層のボスが見つからなかったのは、詠に掌握されていたから。

 怪訝な表情で骸骨戦車を突撃させるか迷いだした詠に俺は言った。


「これは未来がわかっているゲーム。ダンジョン攻略はシステムによる制御された、天災の処理。神様のお願いじゃないんだ、詠。成功という結果は前提にあり、過程の可能性は全て想定されている——その能力、おすすめしませんと言われなかったか?」

「——⁉︎」

「だろ⁉︎ だよなあ⁉︎ 俺もそうだった! 仲間仲間。システムは願いを叶えてくれる。結果から逆算したときに、そうすることが無価値であっても、そうすることで攻略者は増え、代わりが生まれるのだから」


 というか疑問は抱かないのだろうか——? 姿が……詠は雛蜂がダンジョンで手にいれた(※狂化のせいで警戒せず、いつもまっさきに宝箱を開けるので)、——〈一度装備すると外せない呪いと、他の装備ができなくなる呪いのかけられた結果、生足で裸足なバニースーツ〉だけの姿だった。

 詠にあげる? いいよ、詠似合うじゃん……と配信中に雛と視聴者は全ての効果を理解した上で装備させた。


「——運がよかったな? 第七十九層のボス——〈魔王掌握〉とやらが発動された時に対象となるモンスターが、能力半分の二体一組でなかったら、祝福は得られてなかったはずだ。だって攻略できなくなるだろ?」


 その格好で復讐は無理だろ? と言えばすむことを俺はあえて長い言葉にした。


「にゃ、なっ!」

「その能力で最前線にいる俺たちを皆殺しにしたら——ダンジョン攻略完了という前提の結果が崩れてしまう。1T指定の能力では何を味方にしたとしても、次の八十層へは持ち込めない」


 ——ピロン♪ と動画を見ていた俺のスマホに通話が入った。


「となると、システムは詰んでしまう。前線にはもう、俺たちしかいないんだから。そいつを俺たちが倒せないなら、おまえの願いは叶ってないんだ——」


 投擲。凛とした音が空気を裂き、凶々しく枝分かれした刃が三重、爪跡のような軌跡をかき消されながら真上へ跳ね上がった。


「にゃ、っッッあ⁉︎」


 その瞬間だった。戦車の猛チャージによって空いた背後から、俺が投げて弾かれたのと同じ凶刃が胸を突き破り、余波。詠の足元が地面を離れ、宙を浮く。


「——と、ここまで俺が話していた戯言を、おまえは本気にしてるんだから? 盛大に笑えるよな⁉︎ 俺が一人で戦うわけないだろ」


 突進してくる骸骨戦車を駆け上がり、武器を取り直した俺は地上でブレーキ。駆けつけて、通知をくれた御調緋花みしらべひばなと同じ刃をカツンッ、とかち合わせた。本体による制御がなくなれば。

 ——この類の敵には、往々にして単純なルーティンが設定されている。特定の通路を往復するだけとか、だが本来この敵と戦う場面では、剣を携えたあの猛禽と同時に相手することになっていたはず。

 となれば考えられるのは、刃の衝突する剣戟音。


「——決めるぜ?」


 猛禽の一撃離脱かあるいは自分の二振の洋剣がヒットした時、その方向へ突進していって轢き潰す。仮定は正解。左右に別れた俺たちの間を過ぎた敵を横様斬り上げると、一旦上空に跳び上がった緋花が猛烈な勢いで急降下斬りした。

 骸骨戦車はスピンして平衝を失い、地に回転する洋剣をヒット。

 V字の斬軌が刻まれたまま、緋花のスキルでその片側が発爆すると、回転剣は地面を抉っていきながら瓦礫に突っ込んでスタック。元々——壁ごと通路が回転し、泉程度しか遮蔽のない、あの場所だけを想定した設計。俺たちがもう一度刃をかちあわせた瞬間、不可能な操舵方向への推進に耐えられず、骸骨戦車は自力で自らを屑折した。周囲が無音になると……賞金の振込通知が鳴る。


「……さて? そうだそうだ! 猫うさ耳に免じて、チャンスをやるよ、詠——〈彗星の騎士団〉に入りたいなら、考えてやるから次の面接日に来てくれ?」

「! 誰が——⁉︎」


 ——

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