——2

「ひさしぶりだね……? え、えっと。わわあああっ。あのっ。どうしよう。私の中でけっこう長く会ってなかったんだけど、考えたらそうでもないような気がしてきた……。きんちょうしてうまく話せないよ……ぅぅ」


 咲が俺の隣ではなく前に立った。いつも隣に来るイメージがあったが、——⁉︎


「何故ここが——⁉︎」

「有名なんだけどっ……っ。ちょっとしらべたらわかったもん」

「……ッッ‼︎⁉︎‼︎⁉︎ というか俺は、二週間以上この家へ帰ってないんだがッ。⁉︎ 毎日いたのか⁉︎‼︎」


 ——中華風ワンピのレースの網目の隙間からは素肌だけでなく、あまり飾り気のない普通のパンツのシルエットも浮き出ていた。夜ならギリだが昼間なら……?


「……っ、あー? 待ってたよって言わせたいんだ?」

「⁉︎」


 ——コンビニ行こ? 久方ぶりに忘れていたゾクリとする感覚。そーっと踏んで少しずつ体重をかけるような声で言うと咲は指を一本立てて口元を結んだ。


「教えてあげないよ? あ……今、いいかな。ちょっとだけ、あなたとお話しがしたいんだけど」


 ……何だ? 咲は俺の隣に来て歩きだした。距離感が近く、声に背筋を撫でられる。しかし、——


「実はね……あなたのこと、ちょっと誤解してたかもって思うの。私から見たあなたはっ」

「!」

「最初は、目標がすごく高いところにあって、一人でがんばっているっていう感じがしたの。まぶしいっていうかっ。私なんかが話しかけたりしていいのかなって、思ったりしたけど」


 ——?


「今、あなたの隣でこうしてるのが本当に本当なのかなって、直視できないくらいだよっ——」


 口には出さなかったが俺は尋ねたくてたまらなかった。咲の目的は、自分が疑われない状況をつくりあげることだったはず。

 ……けれど墨華に見抜かれていた。俺はとっくに用済みになっている——なのに何故再び俺の前に姿を現したんだ?


「——でも、あなたの能力のこと。わかっちゃったもんね……♪」

「はッ‼︎⁉︎」


 火花を上げ衝撃の余り俺は後退った。くるりと体を回転させ、ちょっと困ったようにしながら咲は俺の方を向いた。


「女の子をデレデレにする能力でハーレムをつくろうとしてたなんて……えとっ。うれしいよ? どっちかっていったら私、うれしいと思う。難しい科学の話とかされるより、その。あなたのしていることが、私にもわかることでよかっ——」

「違うッ‼︎ これは、そうしてるけどそうしたいんじゃなく——いや笑いながら言うのやめて⁉︎ 謎フォローの節々に本心が漏れてますよ、とッ! もっと隠して、隠して‼︎ ッ⁉︎」


 まさか……咲には、実は俺の能力が効いていたのか⁉︎ ダンジョン攻略システムによって与えられた能力は、攻略者同士の場合、レベル差や耐性によって通りにくくなる。だが逆に、本来効かないはずでも、耐性が低すぎて通ってしまう場合もある。


「……⁉︎ いやッ⁉︎ 今⁉︎ ……待ってくれ! 冗談じゃないッ。説明の機会をくれ‼︎」

「?」


 しかも、今——⁉︎ 自分が詰みかけているのを俺は感じた。終わった。

 何故、どうしてこんな理不尽なことがと俺は思った。

 滅多に外に出ないのに、俺の家からコンビニに向かう道の向こうから——


「——? ……私とお話してるのに、他の女の子のこと見てるんだ? わあっ。かわいい子だね!」


 ※そうじゃない。


「ゔん⁉︎ そこにいるのは! うううぉ、お兄ちゃ〜ん‼︎ お久しぎっそ〜♡ フゥゥ〜、久しぶりに外に出たら幻ー覚がキマッてきたかと思ったぎそ。でも、今日も今日とてうちのため、新しい彼女を抱いているその姿……間違いなく本物のお兄ちゃんぎそ。今月も、ノルマ達成ぎそな」


 星明かり、夜風に煌び立つスターリングシルバーの髪——俺の妹であるガブリエルが、コンビニ限定の何かコラボ商品だけぎっちぎちに積めてるらしい袋を下げて歩いてきて、ぽんぽんっと咲の肩辺りを叩いた。体型に合わず動きが素軽い。

 一方俺は言葉と思考を失い、フリーズしていた。……度が過ぎる。


「よっ、お兄ちゃんの今月の彼女! かっこいいお兄ちゃんがモテモテ——『あいつの妹だからどうせビッチだろ、思わせぶりなこと言って遊ばれてるだけだから、やめとけよ!』『う、うん(本当に、そうなのかな……)』『ぅぅ……うちはあいつのことが好きなのにっ。バカ兄貴のせいで!』——な属性をうちにつけてくれるため、こんなかわいい子を連れてくるなんてさっすがお兄ちゃんぎそ」


 殺してくれ。

 ……。


「それだとお兄ちゃんと三角関係するルートだよっ⁉︎」

「えっ⁉︎」

「〜〜じゃなくて——」


 ぽんぽんされてややノックバックした(※レベル五〇〇だぞ……⁉︎)咲が両手で口元を押さえながら、やや仰反って言った。

 ガブリエルも、『こいつは——ッ⁉︎』という顔で咲を見だした。普通じゃないのが伝わったか。


「私が聞きたかったのは……どうなるのかなって——その、もしだよ? 困るかな……」

「——困る⁉︎」


 すると咲は少し恥ずかしそうに……だけどそれは多分演技で、一歩寄って俺を至近距離から見ると、料理を舐めて味見するような声で言った。


「あなたの能力が私にもし、かかっちゃったらどうなるのかなって……そういうお話をしたかったんだけどっ」


 ——⁉︎ だがその時だった。突然戦光が轟くと地面が突き上げられ、間髪入れず轟音。空が水面であるかのように……。


 爆ぜた。


 ——

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