——4

「こ、〜〜っ。こんにちは! こんばんは、かなっ。私はそうなんだけど、もしかしてあなたも今、それっっ。会いたいって思ってたのに、あんまり会いたくない時に会っちゃっ……ぁぁぁぅっ、違うよっ」


 ⁉︎ ——


「会いたくないっていうのはっ、多分……お互いにそうなのかなってっ。私が、じゃなくてだってそれっ——ランドセルっ」


 ——


 ——違う‼︎ 事案じゃない! 一瞬で思考がフル回転した。SNS、そう例の噂のことを見せて説明すれば。死ぬ、ランドセルを背負って気配を消していた暗殺者なんて……だが俺たちが動いたのは同時だった。

 俺だけじゃない。

 咲もその時俺と同じことをしていた。


「あのねっ! イベントがあったの、今日! それでっ」


 咲がスマホを見せてきて、俺も画面を見せた。今日の昼間のタイムスタンプ……テーマパークで撮ったカメラロールを、咲は見せてくれた。——


「俺はッ……違う。こうすると願いが叶うって聞いて! ——SNSにッ」

「撮影で行ったんだよ! 帰りにこれ買って……今日は一日、この格好なのもいいかな? って——全然よくなかったっ。あなただけには私のこと、おしゃれな女の子だなって思っててほしかったのに……っ。あっ」


 ——圧倒的にかわいい。一方、俺は何を言ってるんだ。咲は慌てて両手で口を押さえかけ、それでロリポップを落としそうになって、地面すれすれで自分でキャッチした。身のこなしが軽く、キャミソールがひらりとする。


「……あ、あっ、あっ——っ、違うの! えとっ。本当に違うんだよ⁉︎ 今言ったことは忘れてっ。あなたが何か言うから、私まで何か言わなきゃってっ」

「どうして俺はそういう風にできないんだ……ッ、いや! ……? 今。ごめん。お臍しか見てなかった。すごく良いなって」

「私のこと、男の子だと思ってる⁉︎ うぐぅ——〜〜っ、じゃなくて。私、知ってるんだけど。それをするのは古いやり方だよ……?」

「古い、えっ⁉︎」

「一つ前に流行ったんだけっ、ど」


 俺は視線を上げ、また下げた。俺のスマホを咲が持っていて、俺の手の中に咲のがあった……。


「かっ、返して? 私もっ、返すね? やっと落ち着いたよっ、それで……。どうして古いやり方でするの? その格好でするのは昔話題になったけど間違ったやり方で。本当は二人で行くんだよ……井戸まで深夜にっ。それで……っ」


 ——


「願いが叶うのは、一人だけ」


 どういうことだ……? 


 第六十九層の噂は——遡って考えろ、そうだ。『二人か! 何だかおかしいと、思ってた。きっと学校帰りの子供をつれてダンジョンに来た奴がいて、子供の願いがたまたま叶ってそういう噂になったんだろう』、と俺は口にしかけたが……墨華は俺にさせようとした。

 ……何らかの結果を意図しているはず。何かが起こると墨華は考えている。それなのに方法が間違っていた——なんて、非現実的だ。


「行く……?」

「俺と⁉︎」


 いやッ……違う、そうじゃない。間違った方法があるなら——正しい方法がある? 俺は驚いて咲を見つめた。可能性はあるのだ。

 その時霧の粒子が薄膜になって、きらきらと波動し、それで何か。見間違いかと思った。咲が緊張してドキドキしていた。

 声と空気が震えている——?


「行く⁉︎」

「〜〜〜〜っっい、言ってみただけー! こんな格好だし、私帰るね。じゃ」



 霧の水滴に映るシルエット、咲の姿が霧の中でブレた。レベル五〇〇の機動力……ッ。



「⁉︎ ッ——」

「——うわぁっ⁉︎ ……? っ、ごめん」


 反射神経を最大限に使って、俺は手を伸ばして咲の細い腕をつかんだ。するとそんな気はなかったのに、バランスを崩した咲が倒れてきて、後ろから支える。硬い地面に倒れないようにするにはそうするしかなく、

 ごめん、と言う時……後ろを向こうとした咲の頭の後ろが鎖骨の辺りに当たった——


「違う、何て言ったらいいかッ! 俺は⁉︎ その——」


 片手は咲の腕をつかんだまま、もう片方の手を俺は腰の辺り——咲の、咲が倒れないように支えたので、押さえていた。けれど咲のような刺さることが言えず、その時思わず……俺はどうしても確かめたくなった。

 それで、腕を掴んだまま、俺は——腰に置いていた手を咲の胸に当てた。


「やっ……っ」

「え?」


 心臓が強く脈打つ、早鐘のような鼓動が伝わってくる——。


「やぁ……っ、ねえ。ちょっ、そ、そぉ、——それは、それ貸して!」


 霧が切り払われるかのように攪拌し、慌てたような声音で切り裂いた咲が俺の後ろに回ると、振り向くのが追いつかない内に俺は、両肩を引っ張られるのを感じた。地面に体を打つ——


「はい! はい。はいっ……〜〜っっ、どうぞ? もういいよ。これでいいよっ! こ、こんなっ、ムードっていうか、こんなの着けてる男の子にそんなっ。それは嫌だよ——⁉︎ あんまりだよっ」

「⁉︎ ——」


 ——ッ。

 ようやく意識の焦点があった。俺は胸を⁉︎


「違うッ!」

「赤いし! く、黒でも——やだけど」


 澪から借りた(※俺が着けたままだったのを、今剥がされた)ランドセルを背負って、咲は俺の目前に立った。


「……っ?」

「違うんだッ! 俺は。俺は——何をやっているんだ⁉︎ 今のは、そのッ、『ドキドキしてるかな?』と思ってッ! 何故そうなったかわからないんだが精神テンションが十歳のキッズに戻って‼︎ 胸を触りたかったんじゃなく‼︎ ——死ぬことにする。今まで、ありがとう」

「どっ⁉︎ ——ええええ‼︎⁉︎」


 ——一瞬間、強烈な攻防があった。しかしレベル五〇〇には勝てず、俺は武器を弾き飛ばされた。


「待って⁉︎ え、ぇぇ、えと……? どっ、どうぞ! そう、そうだよねっ。うぅぅ、そんな人いないっ」

「『どうぞ』、ってこれを‼︎⁉︎」

「お土産をあげるの! これでいいの! もういいのっ。私はっ、もうおなかいっぱいっ……だから〜〜っ、ぅぅーっ」


 咲から、半分舐めかけのロリポップを貰った——「やっぱりダメだよ⁉︎」——爆速で取り返された。


「行こっ」

「ああ……ッ」


 成功と失敗に結果が分岐する噂。間違った方法と正しい方法。では? ——俺は尋ねた。その前に、


「ッ……聞いていいか? 最初は何だったんだ」

「最初? 何のこと」

「だからッ、最初は何が——『どうぞ?』で『これでいいよっ!』だったのかとっ……!」



『はい! はい。はいっ……〜〜っっ、どうぞ? もういいよ。これでいいよっ! こ、こんなっ、ムードっていうか——』



「っ……私も、聞いていい⁉︎」


 自分でもびっくりするくらいボソボソと、俺は言った。すると。


「澪ちゃん、って誰?」


 ——



「嫁だ」

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