——5
隣り合わせで歩いていた咲が半分背中を見せるようにした。
その時、俺の感覚では一方的な戦いを咲に挑んでいる気分だった。
だから言った。
「ランドセルに書いてあった名前だよっ、あなたとは苗字違うみたいだね……。ランドセル、赤いし」
「——」
言うべきではなかったかもしれなかった。
「——すまない! 澪は俺の嫁なんだ……小学生で、割烹着で料理とかしてくれて、体小さいけど巨乳なんだ。いいだろ?」
「へぇー……っ♪」
⁉︎ 背骨の芯に息をかけるような囁き声で突然、俺はゾクリとさせられた——思わず振り向くと、霧の粒子が微振動で波立つ。
すると背後から、地面を踏んだ気配の余韻が収まるやすぐに、飴の表面を舌が這う音がした。
「あなたってそういう人だったんだねっ……?」
駄目だ。勝てない——! 何で嬉しそうなんだ⁉︎ 声が出なかったが視野が開けた。靄越しにあった壁、天井も遠退くと空気が疎になった感じがする。
……霧は消えてはいなかったが、今までの実体さながらの密度ではなくなり、遥か遠くまで拡がる水面——対岸に点々と炎光滲ませる壁の腕木で湖径が目測できる巨大な湖の前に出る。
「私とあなたでどっちが勝つかな?」
「——⁉︎」
「けんかするんじゃないよっ、そうじゃなくて……願いが叶うのは二人の中の一人だけなんだよ?」
——
「勝っちゃうよ?」
「待て⁉︎ その自信の根拠は何だ——ッ、待て。正しい方法と間違った方法がある。それが事実かわからないが、正しいかもしれない方法が一つ……⁉︎ いやッ‼︎⁉︎ 俺は言えないぞ、『ランドセルを返してください、僕がつけます!』とは!」
そんなに堂々とできるなら、そんな能力を選んでないよね……っ。俺の脳内に成立したイマジナリー・咲(※強めの幻覚)が囁いた。
幻覚に惑わされるなッ。
墨華は何を考えている——? (つまり、させようとしている?)
「ランドセル、私の方が似合ってるでしょ。本職だもん。……終わるまでっ、今日はかえしてあげないんだから」
「ああ、いたいた! わかるぞッ、俺もその類の人間だったからな——いやないじめっ子だな‼︎⁉︎」
道で湖を回り込んでいくと、薄い霧を通して、高所に戦光がちらつく。やや開けた空間があった。この層は既に踏破している。その辺りには廃墟の小村があり、最高地点で鐘を鳴らすと湖水が数分間だけ引いていき、底から次層へ下りることができる。無視してさらに行くと——
「あっ。……」
「——⁉︎」
目的地まで後僅かのところで咲が急に立ち止まった。ちょっと伏し目に俺を見る。
「ごめんっ」
「——今裏切るのか⁉︎」
「そうじゃないよ! ……面白くしないでよっ。驚かせてごめんっていうことで、お土産だよ。イベントで行ったテーマパークの、ね?」
少しだけ、その行為(というか自分の格好か?)を恥ずかしそうにしながら、メッセージカードつきのチョコレートの包みをだして——軽くリップ音をさせながら咲はカードに唇で舐めるキスをした。
「……え⁉︎」
「キスカードだよっ♪」
キス——? ⁇
「私のキス、あなたにあげるねっ……」
——⁉︎ 頭の中が真っ白になって俺は後退りした。しかし、既に湖は遠く密に戻った霧中。
隔絶されたかのような空間があり、目的の場所に辿り着いていた。噂の井戸があったが、待て。あれは……どうすればいいかわからなくて、何か別のことをしたかったので、俺は早かった。
「あっ、誰かいるね……。どうして気がついたの?」
人影。井戸のそばに誰か立っている。遮蔽に隠れた俺の顔の隣に、咲が顔を近づけてきた。
「あいつ、一人か……?」
「私はあなたに夢中だったんだけどな」
顔と顔が触れあいそうなほど密着する。……。何を言ってるんだ⁉︎ 咲が頭の後ろに手をやると、舌を出しながら胸をぐっと強調した。だが直後に、様々なことが一気に起こった。
「——⁉︎ 待て! 様子が変だッ、危ないかもしれないから下がっ……俺が下がっていていいか⁉︎」
「もう一回、ドキドキしてるか確かめてみる? 私……いいよ、っ♪」
「っ⁉︎」
「でも。もし、さわったら——私のお願い、絶対叶っちゃうからっ」
井戸のところにいた人影が中を覗き込むようにしたのを俺は見ていた。その時、その足元に、霧が堆積していたがおかげでむしろ鮮明に光る一対の歯列が垣間見えた。
スキルログがフラッシュする——〈バインドモーティス Level9〉
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