——2

「第六十九層を覚えているかな——?」

「ああッ。……」


 ……ダンジョンの階層は、十階層進む毎に出現する敵のランクが上がる(それはダンジョンという天災を処理するシステムがつくったルールであり、例外はない)。第六十九層というのが、俺は気になった。

 つまりその層は、現在攻略が進行している七十層台より仕様から一段弱い敵が出現する……ワンランク下の中で最も稼ぎに向いた層ということになる。


 ゲームオーバーになればレベルは半分。六十九層なら、七十層台のプレイヤーなら安定をとれる。


 今、攻略の最前線は崩壊している。この間、平和的に——〈彗星の騎士団〉が本部を接収したよみのギルドでさえ格付けは上の方だったのだ。攻略はごく少数の強力なプレイヤーを軸に行われるので、前層からそれが立て続けにいなくなっているから、今の停滞は必然。


「……洞窟と並行して霧の出た巨大な地底湖があって、次の層には湖底の昇降機を使うんだったか? 水を抜かないと先へ進めない。あそこは今激戦区なんじゃないか」


 ……ダンジョン攻略は、最前線とその下とでは別ゲーである。

 下層の一般プレイヤーがつくるSNSなどのコミュニティは人気になっているものも多いが、現役の最前線組からすれば見当違いな情報が飛び交うばかりだ。俺に限らず、真に受けて利用する者などいない。何しろ——現在の最前線は、億超えの報酬が待っているゲーム。

 今ならいけると思ってレベルを上げだした人間が第六十九層に集まっているはず。

 墨華が紅茶を舐めて、言った。


「湖を回り込むと、奥に井戸と家屋があったのを覚えてるかい? ——」

「ああ、そうだったか? けっこう前だし、あの層をやったのは俺たちじゃないからな……でもッ。地底湖を迂回するなら、層の一番奥になるよな、つまり」

「うん。その井戸が——」


 するりと立つと、墨華はスマホを取ってきて、肘掛け椅子に座っている俺にSNSの画面を見せた。


「噂になってるんだよ。レベル一〇〇を超えたプレイヤーが準備をして深夜に、一人で井戸を覗き込む。すると……隠しエリアに行けて、何でも一つ願いが叶うってさ?」


 画面には、そう表示されていた。

 ——?


 は?


「ありえないだろッ。ダンジョン攻略はゲームじゃない。ゲームのような見かけでも、やってることは天災の処理。隠しエリアなんてッ——いやッ、そもそも願いが叶うっていうなら、実際に叶った奴はいるのか?」

「これはSNSの噂だよ彗星くん。匿名の掲示板じゃないんだ」

「——ッ!」


 大金が手に入った。強い装備を貰った。告白が上手くいった。有名なギルドに入れた。動画がバズったetc。……実際に願いが叶ったという話がまとめられたページを見せられた。注目を集めているようだ。


「偶然だ偶然——」


 俺は言った。振り返ると、背後で墨華はニヤニヤしていた。

 噂は噂。しかし仮に、噂が本当だとするなら、第六十九層に『願いを叶える隠しエリア』があるとしても。

 俺が頭の片隅で考えかけたその時、墨華が注意を惹く言い方をした。


「偶然かはわからないけどこの話はこれで終わりじゃないよ彗星くん。願いが叶った人もいれば……叶わなかった人もいるんだ。そしてね? そういう人は——」

「!」

「——死んでいるんだ。レベルが半分になって目が覚めて、井戸であったことは何一つ覚えてないそうだよっ……?」


 脅かすように墨華が小声で囁きかけた。


「死んだ……⁉︎」


「怪談じゃないかッ。誰がそんなこと試す⁉︎ オーバーハンドレッドレベルから半減して、五〇レベル下がったら二度と戻って来られないだろ」


 ……内心、俺は考え始めていた。絶対にありえない話とは言えない。現代のダンジョンはシステムに管理されたゲーム、人類は天災すらも娯楽にした。

 願いを叶える隠しエリアがあったとしても、それがシステムによる管理上の目的——即ち、ダンジョンという天災の処理に適うものならば?

 つまり……叶えられるのはシステムが及ぶ領域まで。逆を言えば、(※能力はシステムに与えられた権限だから)俺の願いは叶うかもしれない。

 


「彗星くん。実を言うと僕は君に、これをやってみてほしいんだ——」


 ——?


「何でだよッ⁉︎ どうせ死ぬなら最終層をこのまま目指す方がずっといい。大体それやる奴ってなッ、もしも死んだらリスクは億超え——自分が層ボスを倒せてたかもしれないのに、退場するってことの意味もわからない連中なんて……!」


 何故だ。

 ホラゲーのパッケージも見れない墨華がこの怪談に積極的に関わろうとしているのは——何か知っているのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る