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 室の中には、全裸になって地面に座り込み、着ていたらしい和服を広げて几帳面に畳んでいる風梓雛蜂かずさひなばちがいた。扉の開く音で気がついたらしい彼女が座ったまま振り返り、思いっきり目が合う。

 ——死んだか⁉︎ ……! 見る見るうちに赤面し、お尻を隠そうと身をよじる雛蜂を前に俺の脳は爆速で回転を始めた。鍵がかかってなかったのだ。だが何か言えば声でバレる。澪より先に来ていたのか⁉︎


「……(ふぅ——あわてて言い訳でもしたら、俺だと気づかれて死んでたな……ッ)」


 顔はバレていないのだから——俺は、ウインクして鍵を指差し、素早く室内から出た。一気に息が荒くなる。だが出ると目の前に、髪に清楚な白リボンをつけた、とんでもない美少女がいた。


「そっ、そこ——友達がつかってるはずで……あなた⁉︎」


 年齢は聞いたことがないが(※そもそもあまり話さない)、多分俺と同じくらいだろう。

 視線を惹きつけ、魅力的なヴァンパイアかのような一目でわかる緋色の髪。

 女性というより女の子らしいかわいさのある顔立ちに、どこから見ても綺麗なシルエットをした体。

 ドキッとさせられる水着姿にスマホと、ビーチボードを持って、最強最悪レベルの暗殺者である御調緋花みしらべひばなさんが、獲物を狩る時の表情になった——だが、緋花の背後から澪が見ているのが見えた。希望。刃人形が召喚、稼働。攻撃態勢になった緋花の後ろへ滑りこんで一閃。


「——ふぇ⁉︎」


 鍵がかかってなかったのでっ。物凄いコントロールで、水着の紐だけ切られた緋花が胸を押さえてしゃがみ込むと、俺は声を詰まらせてその場を離脱した。


「特等席だったでしょ? ——」

「——なんでおまえがご機嫌斜めなんですかね⁉︎ 俺が始めた物語じゃないからな、これ⁉︎‼︎」



 仮面を回収。その後、夕方まで海にいて、栗色の髪の小学生と別れた帰り道。まだ物語は終わらなかった——。

 言いようのないイカレた気配を、俺は前方から感じて——足を止めた。何だ? まかりなりにも俺は自分のギルドを持つダンジョン攻略者。正体が知れれば、何かあってもおかしくないが。


「出ろ。何者だ!」

「おおおっ——」


 初めは、怪異かと思った。それとも、ダンジョン原産の何かか。だが——よろよろと姿を現したのは。



「僕が先に好きだったのにぃぃぃいいい、あああおおああお‼︎‼︎ あああああぁあ! おぁぁぁおおおおおんんんーッ‼︎ 返じでよォォォオオ!」

「昼間の子供かっ」



 なるほど。お手本のようなBSS(※注:ぼくがさきにすきだったのに、の略)だ。しかし——。俺は、年少には強く出ることができる。


「先に好きだったから。だからどうした? 好きだったけど何もしなかったなら、つまり、リリースしたんだろ⁉︎ おまえが好きだった子、俺が家まで送っていったしSNSのアカウント全部交換したし、夏休み明けには俺の紹介でランキング一位のサロンで髪切ってくるが?」


 声にならない絶叫を少年が甲高く上げたので俺は、暗殺者の気配遮断スキルを使った——誰かが、絶対に、教えてやらないといけないから。


「いいか⁉︎ ——。チャンスは一度しかない。一度のために他の全てがあるのに、一度きりしかないチャンスから、挑戦もせず、逃げ続けたのがおまえっていうガキなんだよッ! 変えたいなら、ダンジョン攻略者になって俺のギルドに——」


 俺は、硬直した子供の肩に手を置いて直に告げた。

 だがそうしてから、あることに気づいた。俺の能力は、俺の中で恋愛対象になる全ての女子に作用する。しかし地味な欠点は……俺側からは、かかっているのかいないのか、わからないということ(※様子で判断するしかない)。


「——」




 俺は少年の隣で地面に両膝をついた——効いてるってことは効いてないんじゃなかっ……⁉︎‼︎⁉︎‼︎ 『は?』という顔で少年は間近の俺を見ていた。




「彗星くん……一体、何を始めたんだ?」

「ロリコンのvtuberの配信を見ているんだ……自分自身に、ショックを受けていてっ」


 翌日。誰よりも早くギルド本部に出勤した俺はスマホを見ながら、長い時間を過ごした……。声をかけてきた天童墨華てんどうすみかは、昨日は会わなかったが、ぎりぎりで黒髪と呼べる絶妙な色合いの髪と同じく色味の薄い肌がほんのりと日焼けしていた(※貧乳)。


「……推すのかい? 君が⁉︎」

「安心できるんだ。俺だけじゃ、ないんだって。もう一度祝福を手に入れたら、俺は全ての記憶を消すッ」

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