動き出す悪役令嬢 2

 約束の三時になって、ヴァルフレードがダイニングでお茶を飲んでいたアドリアーナとジラルドの元へやって来た。

 資料として渡した書類をダイニングテーブルに置き、短く一言「読んだ」と告げる。


「そなたたちが言いたいことは、わかった。……私の考えが間違っていたようだ」

(殿下が間違いを認めた……?)


 アドリアーナは驚いた。

 ヴァルフレードは自分が一番正しいと思っている人間で、安易に己の非を認めたりはしないからだ。アドリアーナの件だって、彼の中ではいまだにアドリアーナは罪人で、正しいのは己だった。周りがどんなに言葉を重ねても理解するどころか聞こうとすらしなかったヴァルフレードが、この短時間で先ほどの発言を撤回するとは思わなかったのだ。


「わかっていただけて光栄です……」


 驚きすぎて、そう答えるだけで精一杯だ。

 ジラルドが苦笑して、ヴァルフレードから書類を受け取りつつ、彼に訊ねる。


「それでは、殿下も俺たちがしようとしていることに賛成すると言うことでよろしいですか」

「ああ、構わない」

「それでは殿下も人員に入れて作戦を煮詰めなおしましょう」

(ジラルドは、殿下がこう答えるってわかっていたのかしら?)


 それほど驚いていないジラルドが不思議だった。

 ジラルドはヴァルフレードと従兄弟同士だ。アドリアーナよりもはるかにヴァルフレードと言う人間をわかっているのだろうが、アドリアーナの知るヴァルフレードであれば絶対に「自分は間違っていない」と言うと思っていたのに。


 すごく気になったのであとからジラルドに聞いてみたところ、ジラルドが言うには、ヴァルフレードは「社会的弱者には甘い」性格をしているらしい。慈悲と言えば聞こえはいいが、幼少期から上に立つものは弱者の目線に立って物事を考えるべきだと教え込まれていたため、ルキーノ子爵によってコンソーラ町の住人がどれだけ虐げられていたかを細々と書き記した報告書を読んで胸が痛んだのだろうと言った。


 なるほど、その説明で、ヴァルフレードが学園でクレーリアの味方に付いた意味がわかった気がした。クレーリアの言い分を聞いてこちらの意見にはまるで耳を貸さなかったのは、クレーリアが貴族の中では末席の男爵家の令嬢で、そして裕福でなかったことに起因していそうだ。

 社会的弱者に寄り添うのが悪いとは言わないが、それで公平性を見失うのは問題だ。しかし今回はそのヴァルフレードの性格がうまく作用したようである。


「それでは、殿下にはこの地の管理責任者としてルキーノを罷免する宣言をお願いいたします。ルキーノの邸への兵士の派遣や使用人や役人たちの捕縛はこちらで手はずを整えます」

「それで構わん」

「ルキーノを罷免後、彼が行った不正についての裁きは王都にて陛下の裁量で行われることになりますので、彼の身柄は王都へ送ることになります。おそらく陛下が移送用の馬車を手配してくださっているとは思いますので、そのうち到着すると思いますが……」


 今回、役人やルキーノ宅で働いていた使用人のどれだけが不正に関わっているのかがわからないので、いったん全員を王都へ送ることになる。そのため、何台もの移送馬車が必要で、この地にある移送馬車の数だけでは足りないのだ。


「了解した。移送馬車が来るまでの身柄の拘束は……、離宮には地下牢があったな。そこが妥当か」

「そうですね。町で監視しておくよりは離宮で監視する方がいいと思います」


 離宮にはアドリアーナが滞在しているため、王都から何人もの騎士が派遣されている。こちらに連れてきた方が、何かあったときに対処しやすい。

 アドリアーナが頷くと、ヴァルフレードは何か言いたそうに彼女を見て、けれども何も言わずに視線を落とした。


「わかった。では、捕縛については任せる」

「はい」


 話し合いを終えると、ヴァルフレードは席を立って、そのまま黙って部屋を出ていく。

 出ていく際に思い悩んでいるような表情をしていたのが気になったが、今はヴァルフレードよりも明日の処刑阻止とルキーノの捕縛の計画の方が重要だ。


「じゃあ、明日にルキーノの邸へ向かう人員と配置を決めよう。逃亡ルートも塞いでおかないとね」

「ええ、そうね」


 アドリアーナは気を取り直して、ジラルドと、明日についての話し合いを再開した。


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