動き出す悪役令嬢 3

 公開処刑日当日。

 コンソーラ町はどんよりとした雰囲気に包まれていた。


 普通、公開処刑を行う際は、誰かしら騒ぎ立てて、熱気と興奮が伝染し、異様な雰囲気を漂わせるものだが、今回はそれもない。

 この処刑が、町民の誰もが望まないものであり、また、次は我が身かもしれないと、処刑を見守る人々が戦慄しているのは明白だった。


 コンソーラ町の広場には絞首台が設けられ、町民が処刑の邪魔をしないように役人たちが並んでバリケードを作っている。

 絞首台のすぐそばには、縄で手首を縛られた三十半ばほどの男が立っていた。


 つぎはぎだらけの服は薄汚れ、無精ひげの生えた顔は青ざめている。

 軽く顔を上げて、広場に集まった人の中から何かを探すように視線を動かし、やがてぴたりと静止した。


 視線の先には男の妻が、彼以上に青ざめた顔で立っている。

 男の表情がほんの少しだけ緩み、それから、唇がゆっくりと動いた。

 その動きは、「ごめん」と言っているようだった。


 男の妻が泣き崩れ、友人なのだろうか、周囲にいる婦人たちが抱きしめるようにして彼女を支える。

 役人に守られるようにして立っているルキーノ子爵が、一歩前に出た。


「これより、罪人の公開処刑を行う‼」


 そう宣言したとき、ルキーノがニッと機嫌よさげに口端を持ち上げたのを、アドリアーナは見逃さなかった。


(この男は絶対に許せないわ!)


 人の命を、何とも思っていないような顔だ。

 アドリアーナはヴァネッサに目配せした。

 今頃、ジラルドとカルメロはルキーノ子爵の代官邸に向かっていることだろう。


「殿下、準備はいいですか」


 広場から少し離れたところにいたアドリアーナが声をかけると、ヴァルフレードはかぶっていた外套のフードを軽く上げて頷く。


「罪人を絞首台へ!」

「待ちなさい‼」


 ルキーノの声にかぶせるように、アドリアーナは声を張り上げた。

 外套のフードを後ろにはねのけて、ヴァネッサ達騎士を連れ、アドリアーナはまっすぐに広場に向かって歩いていく。


「処刑は中止です。代官たちを捕らえなさい‼」


 アドリアーナたちの号令で、町民の中に紛れていた騎士が一斉に役人に躍りかかった。

 役人たちは驚き騒ぎ立てたが、鍛え抜かれた王家の騎士たちによってあっという間に捕縛されていく。


「な、な……! 何のつもりだっ‼」


 ルキーノが泡を食って叫んだ。

 アドリアーナはまっすぐルキーノに向かって歩いて行きながら、冷ややかに彼を睥睨する。


「わたくしは、アドリアーナ・ブランカです。ルキーノ子爵、あなたの不正はすべて調べさせていただきました。あなたの身柄を拘束させていただきます」

「そ、そんなことが許されるはず――」

「これは勅命である」


 ルキーノがなおも叫ぼうとしたが、その前に大股で歩いてきたヴァルフレードがアドリアーナの横に並んだのを見て、ひゅっと息を呑んだ。


「で……殿下……」


 まさかここでヴァルフレードが出てくるとは思わなかったのだろう。ルキーノは蒼白になり、ぶるぶると震えはじめた。


「これは陛下からの正式な書状だ。そして、この地を預かる私の権限で、ルキーノ、そなたは現在を以てこの地の代官を罷免する。なお、そなたの処遇については陛下が公正な判断でお決めになるだろう。移送手続きが完了するまで、そなたたちの身柄は私の監視のもとに置かれる。連れていけ‼」


 ヴァルフレードの号令で、身柄を拘束されたルキーノが引きずられていく。

 ヴァルフレードは息を吐き、ぽんとアドリアーナの肩を叩いた。


「あとはそなたの仕事だ。私はルキーノたちの監視もあるので先に戻る」


 ルキーノと、それからその場にいた役人たちが全員引きずられていくと、ヴァルフレードは数人の護衛とともに彼らが押し込められている馬車へ向かって歩き出した。


 残されたアドリアーナは、茫然とこちらを見ている町人たちににこりと微笑みかけると、騎士の一人に命じて、縛られている男の縄をほどかせる。

 男は目をぱちくりしていたが、やがて顔中に喜色を浮かべると、離れたところで泣き崩れている妻へ転びそうになりながら駆けていった。


(よかった……)


 泣きじゃくりながら抱きしめあう夫婦にホッと胸をなでおろして、アドリアーナは町人たちに向き直る。


「みなさん、驚かせてすみません。そして、これまで大変な思いさせてしまったこと、陛下に代わりお詫び申し上げます。わたくしはアドリアーナ・ブランカ、現在この地の離宮に暮らしております」


 警戒と怪訝の入り混じった表情を浮かべていた町人たちが、アドリアーナが名乗った途端にざわめきはじめた。


「アドリアーナ様って、食糧を援助くださった?」

「南門のところで炊き出しをしてくださっている、あのアドリアーナ様かい?」


 アドリアーナは「アドリアーナ」として人々の前に顔を出さないようにしていたのだが、カルメロの仕業だろうか、どうやらアドリアーナの名前は町人たちに広く知られているようだった。


(王家からの配給だってことにしてって言ったのに)


 カルメロにしてやられたなと思いながら苦笑して、アドリアーナは小さく咳ばらいをすると、話を続ける。


「先ほどご覧になった通り、ルキーノ子爵はこの地の代官を罷免されました。次に誰が派遣されてくるのかはまだ決定しておりませんが、ここに、ルキーノ子爵が無断で増額した分の税を撤廃することを宣言いたします。なお、今年の余分徴収分は後々返却する予定ですが、もろもろの手続きがありますのでもう少々お待ちください。次の税に関しては国の定めた公正な税率での徴収になろうかと思いますが、これまでの補填等もありますので、こちらも別途決まり次第ご連絡いたします。それから、補填等が決まり、生活が安定するまでは引き続き食料配給と炊き出しをいたしますが、その日程については広場に案内板を立てさせていただきますね」


 アドリアーナがこれからのことについて説明すると、「おおーっ」と地鳴りのような歓声が響き渡る。

 そして、誰かが「祝いだ!」と声を上げ、それを皮切りに、あっという間に広場で宴会が催されることが決定した。

 盛り上がっているところに水を差すのも何なので、アドリアーナは小難しい話はこのあたりで切り上げることにした。細かい説明はのちに立札で知らせればいいだろう。


「では、離宮からも食料を運ばせましょう。あまり羽目を外しすぎないように楽しんでくださいね」

「「「ありがとうございます、アドリアーナ様‼」」」


 町人たちがわーっと騒いでアドリアーナに向かって手を振る。

 小さく手を振り返しながら、アドリアーナはダニロとエンマの両親に近づいた。


「助けるのが遅くなってすみませんでした。ダニロとエンマは元気にしています。食料を運ぶ際に一緒に連れてきますね」


 ダニロたちの母親がハッと顔を上げて、それから涙をぬぐいながら何度も何度もアドリアーナに頭を下げる。そして、夫にダニロとエンマがアドリアーナに助けを求めに行ったのだと説明すると、彼の方もがばっと大きく頭を下げた。


「うちの子らが、大変なご迷惑を……!」

「いいえ、ダニロとエンマのおかげでルキーノの不正が暴けたんです。むしろこちらの方が感謝したいくらいですよ。それから、あとで医者を派遣しますので、念のため診察してもらってください」


 アドリアーナはそう言って、この場を数人の騎士に任せてヴァネッサたちを連れて離宮へ戻ることにした。

 ルキーノの代官邸の捕縛もそろそろ完了してジラルドたちも帰ってくるころだろうと思ったからだ。


 離宮に戻ると、案の定、玄関先でヴァルフレードと話をしているジラルドとカルメロがいる。

 アドリアーナはカルメロにコンソーラ町へ食料を運ぶように頼んで、それからダニロとエンマ、そして離宮に常駐している医者を町まで連れて行ってほしいと伝えた。

 カルメロが頷いて指示を出しに向かうと、アドリアーナはジラルドに向き直る。


「そっちは大丈夫だった?」

「ああ、何の問題もなかったよ。ちょうど今、殿下とルキーノのかわりをどうするかって話をしていたんだ」


 玄関で話すのもなんだからと言われて、三人でダイニングへ向かう。

 デリアがお茶を用意してくれて、一息ついたところでヴァルフレードが本題を口にした。


「新しい代官を派遣するにも少し時間がかかる。だからその間のつなぎとして、アドリアーナ、お前が嫌でなければ代官代行として管理してもらえると助かる。ジラルドもアドリアーナなら適任だろうと言っているしな」

「え⁉」


 アドリアーナは目を丸くした。


(急にそんなことを言われても……!)


 アドリアーナは妃教育は受けたけれど、領主や代官の仕事は学んでいない。

 困惑してジラルドを見ると、彼はにこりと微笑んだ。


「俺も手伝うし、アドリアーナなら大丈夫だと思うよ。それに、ここの使用人の中には何人も城から派遣されている元文官がいるし、数年と言う単位でないなら問題なく対応できると思う。ルキーノと一緒に役人たちも捕縛しちゃったから役人たちも新しく任命しなくちゃいけないけど、そんな大人数がすぐに動かせるわけないし。人事局もルキーノの不正に絡んでいたから、そっちの調査でも時間が取られるだろう? 人事異動はすぐに決定できないよ」


 確かにジラルドの言う通りだ。

 人事をつかさどる人事局まで不正が及んでいるので、人を派遣するにしてもそちらの調査が終わらなければできない。しかし、管理するものが誰もいないままこの地を放置することはできないので、そう考えると、元文官が何人もいる離宮の主――すなわちアドリアーナが代行するのが一番理想的な形だろう。


(ボニファツィオの残りの二人の代官にここも管理しろって言うのはちょっと酷でしょうし……)


 なるほど、突然のことで驚いたが、確かに納得のいく理由だった。

 不安ではあるが、ジラルドもいればカルメロもいる。二人がいれば何とかなる気がしてきた。

 アドリアーナは一度視線を落とし、それから意を決して顔を上げた。


「わかりました。次の代官が任命されるまでの代行、引き受けます」


 名目上幽閉されている身であるアドリアーナが代官代行になるなんて不思議な気がするが、この地の管理責任者であるヴァルフレードには、代官代行の任命権がある。彼がいいと言うのならば問題ないのだろう。


「うん、アドリアーナならそう言ってくれると思ったよ」


 ジラルドがにこりと微笑んだので、アドリアーナも微笑み返す。


 そんなアドリアーナを、ヴァルフレードが何か言いたそうに見ていたことには、彼女はこれっぽっちも気がつかなかった。



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