動き出す悪役令嬢 1

 調べたところ、ダニロとエンマの父親の公開処刑は来週のはじめ――今から四日後の正午に予定されていた。


 ルキーノ子爵を更迭する権限は、アドリアーナやジラルドにはないので、それまでに証拠を提出して国王を動かしてもらう必要があるが、それについては、すでにグラート側で動いてくれていたようだ。


 手紙には、ルキーノ子爵家と人事局長官のリジェーリ伯爵との間に金銭のやり取りがあったこと、その証拠をもとに国王へルキーノ子爵の代官の罷免を奏上したとあった。

 グラートの調べによると、ルキーノ子爵はコンソール町とその近辺から強引な徴税をしてその一部を横領、それをリジェーリ伯爵に横流しすることで、代官の任期満了後にはしかるべきポジションを用意してもらう約束をしていたようだ。


 報告を受け、国王はすでにルキーノ子爵の近辺の調査に乗り出し、コンソーラ町にも近く調査官がやってくることになっているらしい。

 調査官の到着が処刑予定日より先か後かはわからないが、これだけの準備ができていれば、こちらとしても動くのに何ら問題はない。

 調査官の到着が処刑日の後になるようなら、こちらが先に動き、ルキーノ子爵の身柄を拘束した後で調査官に差し出せばいいだけの話だからだ。


 ダニロとエンマは、身の安全のために離宮に留まらせて、彼らの母親もこちらへ呼ぼうとしたが、何かの拍子に役人が来た時に家がもぬけの殻であれば怪しまれるだろうからと母親の方はコンソーラ町に留まることを選択した。


 公開処刑が予定されている日の前日。


 ダニロとエンマのことは彼らの母親と年の近いメイド二人に任せて、アドリアーナがジラルドとルキーノ子爵の身柄を拘束する準備を進めていると、カルメロが来客を告げに来た。なんでも、国王がよこした使者が到着したらしい。


「いくら何でも早すぎない?」


 馬を飛ばしても王都から離宮までは数日かかる。使者は文官ではなく、馬を操るのに長けた騎士でもよこしたのだろうかと怪訝がっていると、その「使者」がアドリアーナたちのいる書斎まで上がって来た。


「殿下⁉」


 思わず、アドリアーナは唖然とした。

 到着したという使者がヴァルフレードだったからである。


(どういうこと⁉)


 ヴァルフレードはコンソーラ町を含むこのボニファツィオの管理責任者ではあるけれど、まさか王太子自らやってくるとは思わなかった。しかも、使者がヴァルフレードであるならば、到着が早すぎる気がしたからだ。ヴァルフレードならば馬で駆けるようなことはせずに馬車を使うだろう。そうすると、王都から離宮までは急いでも一週間以上かかる。


 どうなっているのかと怪訝に思っていると、ジラルドがやれやれと肩をすくめた。


「殿下、まだこのあたりにいたんですか」


 すると、図星だったのか、ヴァルフレードが気まずそうに視線を逸らした。


(……ええっと、つまり、殿下は王都に戻っていなかったってこと?)


 少し前にアドリアーナに会いに来て追い返され、そのまま近くの宿かどこかに滞在していたと、そういうことだろう。

 なるほど、近くにいるのであればヴァルフレードを遣わすのが一番いいだろうが、王太子のくせに何をふらふらして遊んでいるのだろうか。


「私はもともと、新しく責任者になったこの地の視察に来ていたのだ!」


 じっとりと見つめていると、ヴァルフレードが言い訳するように言う。

 要するに、視察と言う名目でこの地へきてアドリアーナを説得しようとしたができず、けれど視察すると言った以上とんぼ返りはできずに、適当に時間を潰していた、ということであっているだろうか。


(あきれた……)


 アドリアーナは額を抑えたが、あきれたのは彼女だけではなかったらしい。

 ジラルドも大仰にため息をついて、それから気を取り直したようにヴァルフレードにソファを勧めた。

 カルメロにお茶の準備を頼んで、アドリアーナもジラルドとともにヴァルフレードの対面に腰かける。


「視察していたのならば今の状況はご存じですよね」

「知らん」

「……本当に、何していたんですか、殿下」


 ジラルドがヴァルフレードを睨むが、ヴァルフレードはむっと口をへの字に曲げた。


「アドリアーナが素直に側妃になればこんなことにはならなかったのだ」

(はいはい、またわたしのせいね……)


 もう怒る気にもならない。

 しかしジラルドは違ったようで、ぴくりと片眉を跳ね上げた。


「まだそんなことを言っているんですか。はあ……。王都に帰れば否応でも聞くと思って前回は言いませんでしたが、この際です、伝えておきます。アドリアーナは俺と婚約する運びとなりました。正式な手続きはまだですが、陛下の了承も得ています。殿下の出る幕はありません」

「な――」


 ジラルドの求婚を受け入れたことはジラルド経由でブランカ公爵家に伝えられたが、その情報が王都に届いたのはヴァルフレードが出立した後だったのだろう。それから王都に戻っていない彼は、いまだにその情報を得ていなかったのだ。


「どういうことだアドリアーナ‼ お前は幽閉の――」

「殿下、アドリアーナの幽閉は名目上の措置であり、王家のための犠牲です。公式には発表できませんが、殿下はもちろんご存じのはずですが? それとも、まだアドリアーナが罪人だと言い張りますか? そんなにアドリアーナを罪人に仕立て上げたいのなら証拠を提示しろと何度言えばわかります? 空想で物を語るのは五歳までにしてください」


 ヴァルフレードが悔しそうに唇をかむ。

 ティーセットが運ばれてくると、ジラルドは息を吐いて「これ以上の脱線はやめておきましょう」と言うと、本題に移った。

 ヴァルフレードが事情を知らない以上、コンソーラ町で今起こっていることを説明しなければならないからだ。


 説明を終えると、ヴァルフレードが不可解そうに眉を寄せた。


「ルキーノ子爵の不正はわかった。しかしそれでどうして処刑を止める必要がある。そのものが罪を犯したのは本当だ。罪の軽減は必要ない」

「――本気で言っています?」


 思わず、アドリアーナの声が低くなる。

 けれども、ヴァルフレードはどうしてアドリアーナが怒ったのかがわからなかったらしい。


「当たり前だ。脱税は罪だ。脱税をしても軽い罪ですむと周知されれば、同じようなことをするものが大勢出てくるではないか。相応の処罰をし、脱税は罪であると民に知らしめるために公開処刑にすると言うのならば、私は妥当だと思う」

「わたくしたちの話を聞いていらっしゃいましたか?」

「ルキーノの不正と脱税とは別の話だ」

「別の話ではありません!」


 とうとうアドリアーナは声を張り上げた。

 この王太子はまるでわかっていない。


「脱税しなければ生きることもできないような過酷な税の徴収をしたのはどちらです? つまり殿下は生きるためにやむなく行ったことも重罪であり、彼らは生活できないだけの税を支払って死んで行けと、そうおっしゃるのですか⁉」

「アドリアーナ、落ち着いて」


 腰を浮かせかけたアドリアーナを、ジラルドがそっと押し留める。そして、静かにヴァルフレードを見つめた。


「税で生活し、贅沢が保証されている殿下には想像できないかもしれませんけれどね、明日食べるものがなく、子供たちを飢えさせて、この冬を越すことはできずに死なせてしまうかもしれない。そのような状況下にあって、何とか生きようと、生かそうと、あがくことが罪になるのならば、そもそも国として崩壊しているんですよ」

「しかし罪は罪だ」

「罪を正しく裁きたいのならば、罪を罪として堂々と言える環境の整備をまず行ったらどうですか。収穫の大半を搾取され、食べるものもなく、食糧配給や炊き出しなどの救済措置もない状況で、生きるためにしたことが罪だと本気で言えますか?」

「しかしこれを認めれば贅沢をするために脱税をするものも出てくるだろう」

「そのときはそのときできちんと裁けばいいのです。では言い方を変えましょう。正しい税率を思えば、それ以上搾取されたものは本来彼らのものです。つまりルキーノは彼らのものを盗んでいたということになりますが、自分のものを取り返すことに何か問題がありますか?」

「…………それは」

「処刑されることになった人間は、自分のものを取り返しただけです。不当に奪われた己のものを取り返そうとしたのが罪になるのならば、この国にはどれだけの罪人がいるでしょうね。国の定めた法でも、不当に奪われたものを取り返す権利はあるとされていますよね? 法そのものが罪でしょうか」


 ヴァルフレードが何も言えずに押し黙る。


「殿下。もう少し視野を大きく持ってください。そうしなければ、本当の意味での真実は何も見えてきませんよ」


 ジラルドは一度立ち上がり、書斎から書類の束を持って来た。


「これはこちらで調べた調書です。ルキーノ子爵とリジェーリ伯爵の癒着の事実もあります。殿下がこの地の管理責任者だと言うのならば、公明正大な判断をお願いいたします」


 ヴァルフレードはおずおずと紙の束を受け取り、それからゆっくりと目を伏せた。


「……確認する時間をくれ」

「それほど長くは待てません。処刑は明日の正午ですからね。そうですね……三時までには確認をお願いします」

「わかった」


 ヴァルフレードが書類を持って立ち上がる。

 カルメロがヴァルフレードのために準備した部屋に彼を案内するのが見えた。


「……大丈夫かしら?」

「大丈夫じゃなくても方法はあるけれど、管理責任者の殿下と一緒に動いた方が何事もスムーズだからね。まずは殿下の判断を待とう」

「そうね……」


 アドリアーナは不安そうにヴァルフレードが出ていった扉を見て、それからこてんとジラルドの肩に額を預ける。


 ジラルドが、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る