厚顔無恥な元婚約者 2

 急いでルキーノ子爵を更迭しなければと思うものの、それに見合うだけの証拠が集まらずやきもきして過ごしていたアドリアーナのもとにその一報が届けられたのは、ジラルドとともに昼食後の散歩に出ていたときのことだった。


 散歩と言っても離宮の庭を歩いていただけなのだが、庭はとても広いので、気分転換で歩くにはちょうどいい。

 ジラルドと手を繋いで庭をぐるりと一周し、四阿に座って休憩を取っていたとき、デリアがちょっと険しい顔でこちらに歩いてくるのが見えた。


「大変です、お嬢様!」


 ずんずんと大股で歩いてきたデリアが、固い声で言う。


「殿下がこちらへ向かっていると連絡が入りました。あと二時間もすれば到着するそうです」

「え?」


 アドリアーナは目を丸くした。

 アドリアーナの隣に座っているジラルドも驚愕している。


「殿下って、ヴァルフレード殿下であってる、よね」


「殿下」という呼称で呼ばれる人間はほかにもいるが、ここへ向かってきているのならばヴァルフレードである可能性が極めて高い。何故なら彼の弟のアロルドがここに来る理由がないからだ。

 デリアが頷くと、アドリアーナはジラルドと顔を見合わせた。


「いったい何の用事なのかしら? まさかルキーノ子爵のことを嗅ぎまわっているのに気づかれたとか?」

「そうだとしても、わざわざ殿下本人が訪ねてくることはないだろう」


 ジラルドの言う通り、こちらの動きに気づかれたか、もしくはルキーノ子爵から何らかの連絡が入ったとしても、ヴァルフレードが自ら動くのは妙だった。彼のことだ、誰か使いを送りつけて終わるはずである。そうなると、残る可能性は一つ――


「わたしが側妃になるのを断ったから、怒り狂って、とか?」

「それが一番ありそうだな」

(面倒くさ!)


 アドリアーナは舌打ちしたくなった。

 しかし、いくら歓迎しない相手だろうとヴァルフレードは王太子だ。こちらの出迎え体制が整っていなければ何を言われるかわかったものではない。


「ジラルド……」

「カルメロがうまく対処するだろうが、出迎え準備は俺が確認しておくよ。アドリアーナは急いで支度を」

「ええ、ありがとう」


 ヴァルフレードを出迎えるのであれば普段着のままではいられない。

 アドリアーナはデリアとともに急いで自室へ向かって、身支度を整える。


(まったく、人騒がせにもほどがあるわ! 伺いくらい立てなさいよね!)


 そんな伺いを立てたら断られるとわかっているから勝手にやって来たのだと思われるが、迷惑にもほどがある。せめて一日前までには連絡を入れてほしかった。


「お嬢様にお化粧をするのは好きですが、それが王太子殿下のためだと思うと、ちっとも楽しくないですね」


 今ヴァルフレードがいないのをいいことに、デリアがぶつぶつと文句を言った。


「殿下はいったいどれだけお嬢様を煩わせれば気がすむのでしょう!」

「本人はそれが悪いとは思っていないのよ」


 そんなことに罪悪感を抱くような人なら、アドリアーナとももう少し良好な関係が築けたはずなのだ。


(それにしても、わざわざ出向いてくるなんて……、どうやら、あちらの様子は思った以上に深刻なようね)


 しかしだからと言って、ヴァルフレードの手紙にあったように彼の側妃になってやるつもりなどこれっぽっちもないのだが。


(まったく、憂鬱だわ……)




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