元婚約者からの手紙 3

「ここがそんなことになっていたとはね」


 ジラルドが離宮に来て翌日。

 朝食を終えて、アドリアーナはジラルドを書斎に呼ぶと、コンソーラ町の住人の様子と、ルキーノ子爵が不正に税を徴収して私腹を肥やしている可能性を告げた。


 当初はこの件にジラルドを巻き込むつもりはなかったのだが、昨日の夜に婚約者の立場に変わったのだから教えておくべきだと思ったのだ。

 それに、ジラルドがここに滞在するのならば、アドリアーナが黙っている意味もあまりないだろう。彼のことだ、アドリアーナの行動や周囲の様子からすぐに状況を把握しそうだ。


 アドリアーナと並びあってソファに座り、離宮の使用人に集めさせたコンソーラ町の報告書を読みながら、ジラルドは顎に手を当てる。


「殿下は知っているのかな」

「殿下って、ヴァルフレード殿下?」

「うん。最近決まったことだからアドリアーナは知らないかもしれないけど、王家直轄地の一部が殿下の管轄に置かれたんだ。ここもそのうちの一つだよ。と言っても、名前だけで実際に管理なんてしないだろうけどね」


 なるほど、学園を卒業したので、ヴァルフレードにも本格的に王族の仕事が割り振られたというわけか。

 将来、カルローニ国を背負うことになるヴァルフレードへ与えられる仕事としては、王家直轄地の管理は妥当なところだろう。ほんのいくつかの王家直轄地を管理できなくて国が背負えるはずもないので、訓練としてもちょうどいいはずだ。


「ってことは、今調べていることは殿下に報告した方がいいのかしら?」


 気が進まないなと思いながらジラルドに訊ねると、彼は首を横に振った。


「いや、今はまだやめておいた方がいいだろう。君が何か言いだすと、殿下のことだから曲解して受け取るかもしれないからね。証拠を全部抑えた後で、陛下経由で殿下に落とし込んでもらうのが一番いいと思う」

「それもそうね」


 ヴァルフレードはプロムでの一件でアドリアーナを恨んでいる可能性が高い。

 邪魔な婚約者を断罪してやったと有頂天になったら全然違って、むしろ自分が窮地に立たされた。彼のことだ、すべてアドリアーナの陰謀だと思っていても不思議ではなかった。


「証言は充分取れているから、あとは証拠が欲しいね」

「そうね。町民の証言だけで彼の邸に調査官を向かわせるのは難しいもの」

「王家直轄地の代官がきちんと仕事をしているか、年に一度か二度、調査官が向かうはずだけど、彼らは不正に気付いていなかったのかな」

「そうね……あ!」


 アドリアーナはハッと顔を上げた。


「そうよ、だからなんだわ! どうして気がつかなかったのかしら! ちょっと待ってて!」


 アドリアーナはソファから立ち上がると、急いで自室へ向かった。そしてライティングデスクの鍵付きの引き出しからグラートの手紙を出すと、それを持って書斎に戻る。


「お兄様の手紙に、ルキーノ子爵の息子がリジェーリ伯爵家に出入りしているって書いてあったの。リジェーリ伯爵って人事院の長官でしょう? この件にかかわりがないかしら?」

「なるほど、人事院の調査官が買収されていたら不正報告が上がらないのも頷ける」

「お兄様に頼んで詳しく調べてもらうわ!」


 思った以上に大事になりはじめたのは否めないが、人事院にまで不正があるのならば、逆にこのタイミングで一緒に気づけたのはよかったと言うべきだろう。


「待って、グラートへの手紙は俺が書くよ。どちらにしても、君が求婚を受け入れてくれた報告はしようと思っていたから、それに紛れさせよう。アドリアーナは立場上幽閉ってことになっているからね、ここの管理責任者が殿下に移った今、殿下からの横やりで手紙が検閲される可能性もゼロじゃない」

「その可能性は考えていなかったわ……」


 なるほど、ヴァルフレードがここボニファツィオの管理責任者になったということは、そういう弊害も発生するのか。

 国王夫妻はアドリアーナを罪人だとは思っていないが、ヴァルフレードの中では依然としてアドリアーナは罪人だろう。そしてヴァルフレードはまだアドリアーナを追い落としたくて仕方がないはずだ。アドリアーナを陥れるための理由探しとして手紙を調べる可能性は充分にある。


(これは、ジラルドがいて助かったわね……)


 国王も宰相も、また面倒くさいのを管理責任者においてくれたものだ。

 ヴァルフレードがここの管理責任者であれば、数年後アドリアーナの幽閉処分を解いたときに、彼の恩情だと貴族たちには映るはずだ。そうすることで、ブランカ公爵家と王家の間のわだかまりはないと示したかったのかもしれないが、そのせいでアドリアーナは非常に動きにくくなってしまった。


 まあでも、国王を責めても仕方がない。何故なら国王はこの地で不正が発生しているとは露とも思っていないはずだ。


「俺がいてよかっただろう?」


 まるでアドリアーナの心を読んだようにジラルドが言って、悪戯っぽく笑った。


「本当にね」


 アドリアーナもくすくすと笑う。

 互いに顔を見合わせて笑いあっていると、コンコンと書斎の扉を叩く音がした。

 返事をするとカルメロが入ってくる。


「アドリアーナ様、急ぎのお手紙が届きました。……その、王家から」

「王家から?」


 王家から急ぎの手紙とはいったい何事だと、アドリアーナはカルメロから慌てて手紙を受け取った。本人以外開封厳禁の印が押されているので、カルメロも封を切って中を確かめてはいないようだ。

 カルメロが下がると、アドリアーナは封蝋に押された印を確かめて怪訝がった。


「殿下からだわ」

「なんだって?」


 ジラルドも怪訝そうな顔になって封蝋を確かめるように覗き込む。


「殿下からの急ぎの手紙って何なんだ?」

「……さあ?」


 正直言って読みたくなかったから、急ぎだと言うのだから封を切らないわけにはいかない。

 アドリアーナは仕方なくペーパーナイフで封を切って、たった一枚だけ入っていた便箋を開いて中を確かめ――あんぐりと口を開いた。


「何が書いてあった?」

「ええっと……」


 驚きすぎて、それ以上の言葉を紡げない。

 説明する代わりにジラルドに手紙を差し出せば、それを読んだ彼がひゅっと息を呑んで、それから叫んだ。


「何を考えているんだ殿下は‼」


 その叫びは、アドリアーナの心情そのものだった。


(本当に、何を考えているのよ……)


 ――君の罪を取り消してやるから側妃になれ。


 要約すると、ヴァルフレードからの手紙にはそのようなことが書かれていた。



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