12-17.庇護を求めてきた者を手に入れてなにが悪い?

 熱風、いや、魔力の圧が防御壁を突き破りそうだったので、フィリアは慌てて多重防御に切り替える。


(こ、この威力なら、ゴブリン王国も【火球】で間違いなく消滅してしまう!)


 凝縮された熱と火力は、【火球】という初心者に優しい攻撃魔法ではなく、小国を焼け野原にできるという【煉獄の劫火】も軽く超えるレベルだ。


 炎は一瞬で結界内全体に広がる。

 全てを燃やしつくすのかと思われたが、それは一陣の冷たい風によって、跡形もなくかき消された。


「ここで攻撃魔法を使うなと言っただろうがあッ! ばかもんっ!」


 消え去った炎の中から無傷なギンフウが姿を現し、エルト――セイラン――に向かって右手を突き出す。


「ぎゃうっぅ!」


 少年が宙を舞うが、結界の天井に背中をぶつける直前で軽く回転すると、近くの足場に降り立つ。

 だが、全くの無傷というわけではなく、腹の辺りを抑えてゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいる。


(え? いまの……魔法? ……風が動いたけど、なにもかもが速すぎて、なにが起こったのか全く見えなかった)


「とうさんだって魔法を使ったじゃないか!」

「黙れ! オレはなにをやっても許されるんだ。セイランは今すぐにでていけ! オレの邪魔をするな!」

「いやだ!」


 セイランの声も怒りに震えていた。


「フィリアはボクのだ! ボクがみつけたんだ! とうさんだからって、勝手なことするな!」

「いや、最初に見つけたのはランフウだぞ」

「ちがう! ボクが最初にフィリアを見つけるんだ! フィリアはボクのだ! ボクだけのものだ!」

「お、落ち着けセイラン! 自分がなにを言っているのかわかってないだろ!」

「フィリアから離れろ! フィリアをいじめるな!」


 再び結界内が炎の海と化す。

 気のせいではなく、さきほどよりも数倍熱く、密度の高い炎が吹き荒れる。


 ギンフウは顔を顰めながら、冷気をはらんだ風を呼び出して炎を消滅させる。

 しかし、消しても消してもセイランによる炎の連続攻撃は止まらない。


「こら、やめろ! こんなに連続で魔法を使えば結界が消耗する。こんなことなら、もっとキツめの【睡眠】をかけるんだった」

「やっぱり! 【睡眠】でボクを眠らせたんだね。ボクが眠っている間に、フィリアを自分のモノにしようとしたんでしょ!」

「庇護を求めてきた者を手に入れてなにが悪い?」

「え?」


 セイランの顔が驚愕に染まる。


「わからないのか? フィリアはすでにココにいる。それは、フィリアがオレのモノになったからに決まっているだろうが」

「嘘だ! ずるい! とうさんでも許さない! ボクのものなのに! フィリアはボクのものだったのにぃ」


 そう叫ぶと、セイランはわあわあと大声で泣き始めた。


「ちょ、ちょっと。なぜ泣くんだ? 落ち着け」

「とうさんのバカ! フィリアを返せ!」


 再び炎の渦が結界内に充満する。


「セイラン! やめるんだ!」


 なにごとにも動じず、悠然と構えているように見える獅子が、キャンキャン吠える子犬を前にして、戸惑っている幻影が見えたような気がした。

 子犬は思いっきり毛を逆立て、牙をむき出している。


 空間の隅に追いやられたフィリアは、自分の所有権を巡って言い争う親子を呆然と眺めていた。


(エルト……)


 大声で「フィリアを返せ」と訴え、泣き続ける少年を前に、なんと言葉をかけてよいのかわからない。


 エルトと呼ぶべきなのか、それともセイランと呼ばなければならないのかすら、フィリアにはわからなかった。


 ギンフウの方へと探るような視線を向ける。少年の養父は燃え盛る炎の中で腕を組み、難しい顔で泣き叫ぶ息子を睨んでいる。

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