9-14.魔力相性が抜群にいいみたい?

「困ったなぁ……」


 考えることなどさっさと放棄して、ずっと、こうしてエルトを眺めていたい。とフィリアは思うが、やらねばならぬことは考えるまでもなく、最初からわかっていた。


 エルトを無理矢理起こして、彼の保護者の所在を聞き出す。そして、保護者の元に連れて行く。


 その一択だ。


 それが、大人としての、清く正しい行動だ。昨日までのフィリアならそうする。間違いなくそうしていた。


 しかも、転移系の魔法が使えるフィリアには容易いことだった。


 そもそもエルトが目覚めさえすれば、本人が転移系の魔法を使って、家に帰ることができるだろう。


 だが、心の奥底では、「とても疲れているようだ」「せっかく気持ちよさそうに眠っているのを、無理矢理に起こすのも気の毒だ」とか「朝になるまで待っても別にいいじゃないか」とか、様々な言い訳を並べ立て、エルトをここに留めておく理由を作ってしまう。


 エルトと離れたくない、のではなく、エルトを離したくないのだ。

 幼くて小さな存在を保護し、全霊をかけて護らなければならないという衝動にかられる。


 その今までなかった『思考』と『感情』の芽生えに、フィリアはただただ困惑していたのである。


 フィリアはゆっくりと手を伸ばし、エルトの前髪を触った。慣れとは恐ろしいもので、先程よりもやることが大胆になってきている。


 困ったことに、考えるよりも先に、身体が勝手に動いてしまうのだ。


 こうして、エルトの隣に座り、美しい少年の寝顔を何時間でも、何日でも、見つめ続けることができそうだ。

 柔らかな髪の感触をたのしみながら、手がエルトの頬を撫でる。


(やっぱり……エルトに触れていると、魔力が回復するみたいだ)


 そっと手を離す。

 体中に魔力が漲り、体内をうごめいているのがわかる。

 不味い魔力回復薬を飲むよりも、回復率がいいように思える。

 なによりも心地良い。


(エルトとぼくは、魔力相性が抜群にいいみたい? これって……いわゆる、ぴったり重なり合うくらい……にいいんじゃないかなぁ?)


 疑問形になってしまうのは、話でちらりと聞いただけで、実例を見たことがないからだ。

 魔力相性がいい者同士が出会う確立はとても低く、『魔力相性が抜群にいい』というものが、具体的にどのようなものなのかフィリアにはわからないのだ。

 ちょっと似ているよね……ではなく、『抜群にいい』ともなると、都市伝説レベルといってもいい。


 研究者たちの発表によると、血縁者は魔力の色が自然と似通ってくるらしいが、あくまでも『似通っている』だそうだ。

 フィリアは孤児なので、血縁者との接触もない。なので『魔力の色が似通っている』という状況もわからない。


 朝の冒険者登録の時や、ギルド長のお説教や夕食時の時など、エルトを膝の上に乗せていた時、魔力が高まるのを感じていた。


 とても不思議な感覚だった。

 触れ合っていると心地よい……それだけではなく、欠けている部分が補われるような、癒やされるような気持ちになる。


 見様見真似で魔法を覚え、ルースギルド長から必要な座学は学んだが、魔術師になるつもりはなかったので、魔法が使える剣士として必要最低限の知識しかフィリアにはない。


 今まで体験したことのない感情と、それに翻弄されるかのような感覚に、フィリアは当惑するばかりである。


 惹かれ合い、離れ難い関係。これが、魔力相性のよい者同士の出会いというものなのだろうか?

 エルトの頬を撫でながら、フィリアは首を傾ける。


 静かな部屋の中にいると、自分の鼓動と、エルトの規則正しい寝息しか聞こえてこない。

 いや、自分の鼓動がやけに大きく聞こえ、どんどん激しくなっていく。

 そして、体内の魔力もそれに呼応するかのように、ドクドクと脈打っている。


「うう……ん」


(うわ……っ)


 エルトが身じろぎ……フィリアの手に頬をすりよせてくる。


 とても幸せそうなエルトの寝顔に見惚れてしまい、手を引っ込めるタイミングを失ってしまう。


 こうして頬を触っているだけで、身体が癒やされていく。

 エルトの寝顔もどんどん柔らかなものになり、頬がほんのりと朱色に染まりつつある。白磁のような透き通ったつくりものめいた肌に、温かみがでてきていた。

 薄暗い中でもはっきりとわかるくらいの変化だ。


 だったら、ふたりがぴったりとよりそって眠ればどうなるのか……。

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