8-8.どんな汚い手を使ってでも

「そもそも、今回の件、ギンフウの許可は?」

「打診はしているが……。これからもらうつもりだ」


 言葉少ないヤマセの口から、盛大なため息が漏れる。順番が逆だと、言外に責めているのがわかった。


 ルースが堕とすべく、トレスにあれこれと接触していたが、まだ時期尚早と、ギンフウは、最後の許可をだしていない。


 ヤマセもギンフウの見立ては間違っていないと確信していた。


「ヤマセが警戒するのも理解している。ギンフウがなかなか頷かない理由も了解している」


 だったらなぜ、と反論したいのをヤマセはぐっとこらえる。

 頭を深く下げ、床を睨みつける。


「それでもなお、柔軟であるべきだとわたしは思っている。もちろん、警戒は忘れない。そのつもりでいるように」

「……はい」


 ヤマセの苦りきった声に、ルースは苦笑を浮かべる。


「安心しろ。ハーフエルフは、当面の間は『深淵』には触れさせない。事務仕事、秘書仕事は優秀だが、『深淵』に深く関わらせるには、力と欲が足りない。知らぬまま生涯を終えてもらってもいい、とも思っている」

「お言葉を返すようですが……ハーフエルフは、人よりはるかに長い人生です。逆に、隠し通せるかの方が難しいのでは……」

「おかしなことを言うな。隠し事と嘘は、わたしたちの十八番だろう? 他人を、己自身を偽るわたしたちの技能は、素人のハーフエルフよりも劣るというのか?」

「…………」


 ヤマセは無言だった。

 ルースが熟考を重ねて、決めたことである。ヤマセの言葉でその決定が覆ることなどない。

 それができるのは、ギンフウだけだ。


 組織の中での上下関係は、絶対遵守だ。

 下位の者は、上位に従う。


 ギルド長の専属秘書は、もとからこちら側に引き込む予定だった。


 数年前からヤマセは、ルースの指示にしたがって、トレスの身辺調査を慎重に重ね、観察もつづけていた。

 だからこそ、ヤマセはこの強引な展開に懸念をいだいていた。


 それもこれも……ギンフウの養い子たちが悪目立ちしすぎたからだ。

 三人の子どもたちが余計なことをしたために、少しばかり……いや、大きく予定が狂ってしまった。


 当然ながら、すぐさま軌道修正を行ったが、子どもたちの意思を尊重しすぎた結果、ルースの対処は精細さに欠けてしまう。ヤマセには悪手としか思えなかった。


 ギンフウの不興を買わなければよいのだが……。と、らしくもなくヤマセは心配してしまう。


 ルースだけでなく、自分も、表の世界の『情』に引きずられているのだろうか。と、思い至り、ヤマセは愕然とする。


「まあ、なにごとも、思い通りにいかないのが、人の世だ。異変にいち早く気づき、いかに早く対処できるかが大事だ」

「……肝に銘じておきます」

「正直なところ、わたしに限界がきているよ。リョクランの薬の効きが悪くなってきている」


 リョクランが調合したルース専用の回復薬の封を切りながら、ギルド長を演じている『影』は自嘲する。


「わたしはまだ死ねない。このような形で死ねるほど、わたしは善人ではないからな。どんな卑劣な手を使ってでも、最後の瞬間まで生き延びねばならない。ハーフエルフとアレは、絶対手放せない駒だ」


 ルースの壮絶な決意をヤマセは黙って受け止める。


「ヤマセもそのつもりでいてくれ。どんな汚い手を使ってでも、こちら側に来てもらう。でないと、わたしは早々に過労死するだろう」


 最後の言葉が一番ヤマセの心に響いたようだ。

 ヤマセは深々と頭を垂れ、その姿勢のままでルース前から姿を消した。

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