7-35.あと、魔物石の件だが……

 落雷のような声に、子どもたちだけでなく、『赤い鳥』のメンバーもいっしょになって震え上がる。

 トレスも思わずペンを取り落としてしまった。


「自分の不始末を自分で処理できる大人が、自由を語ることを許される。おまえのいう自由とやらは、単なるケツの青いガキの我侭だ」

「おっ、大人は横暴だ!」

「黙れ。ここのボスはわたしだ。わたしがボスだ! ボスが横暴でなにが悪い?」


 ここにいたければ、わたしに従え、と、ルースは威圧的に言い放つ。


 子どもにわかるように教え諭して言い聞かせることなく、ルースはただ圧倒的な力で強引にねじ伏せる。


  元とはいえ、『伝説級冒険者』だったルースギルド長が発する圧力に、幼い子どもがかなうはずもない。リオーネは悔しそうに口を閉じ、乱暴な仕草でソファに座った。


 ****


「あと、魔物石の件だが……」


 ルースの視線がリオーネから離れ、ギルの膝の上にいるナニへと移る。


 ナニはフードをさらに深く被り、下を向いているので、どんな顔をして話を聞いているのかはわからない。


 そもそも、この話に興味があるのか、ないのかもみえてこない。


 一方、ギルもギルで、彫像のように固まっており、ピクリともしない。

 生きているのかも疑わしいくらい、反応がなくなってきている。


「土産は何人分必要なんだ?」


 ルースの質問に、ナニの身体が微かに震える。


「……二十一人分」

「…………」


 ナニの言葉にルースは軽く目を閉じ、専属秘書の名を呼ぶ。


「採取した薬草は、全てギルドが買い取り、現金化する。それでいいよな?」


 質問ではなく、同意をちびっ子たちに求める。

 リオーネが「好きにしたらいいよ」とそっぽを向きながら答える。


「通常のものは、正規ルートで。高品質のレア素材は、くれぐれも、ぜったいに……まちがっても表にはだすな。いつものルートを使って、迅速かつ極秘に処理しろ」


 今度はトレスに指示をだす。


「承知しました」

「それでだ……」


 ルースはここで一旦、言葉を区切り、専属秘書とナニを交互に見る。


「魔物石は、最も品質の高いものから二十四個をちびっ子魔術師に返却する。残りはギルド買い取りですすめてくれ」

「承知しました」


 ルースの指示を聞き、ナニの身体がぴくりと震えた。


 少女の反応に、ギルの表情が警戒のためにぎこちなく固まる。とばっちりに対する、防御態勢に入っていた。


「大人は平気で嘘をつく。……魔物石は返してくれると言った」

「全部返すとは言ってないよな?」


 ルースは、ゆっくりと、はっきりとした口調で、少女に語り聞かせる。

 ナニの息を呑む気配が伝わってきた。


「子どもは、自分の都合がよいように、ものごとを解釈するもんだ。全部とりあげるとは言っていない。お土産分と、ちびっ子たちの初討伐の記念に一個ずつは、間違いなく返却する」


 リオーネが口を開きかけるが、エルトに「リオにぃ、これはナニねーの問題」と小さな声で遮られ、リオーネは悔しそうに、そのまま口を閉じる。


 静かな沈黙が流れる。


 トレスが忙しそうにしながら、書類を作成している音だけが聞こえた。

 時たま呪文が聞こえ、鳥に変化した【書類鳥】が、慌ただしく飛び交っては、やりとりされている。


 ルースは急かす様子もなく、ナニの答えをじっと待っていた。


 最初、茶はいらないと言ったが、こういうときは、茶が飲みたくなる。


 ギルが居心地悪そうに身体を動かし、助けを求めるかのように、フィリアの方を眺めた。


 こういう機微には鈍いギルであったが、今回は珍しく、ナニに一番近くにいることで、なにかを感じたようである。


 助けを求めてすがるような相棒の、らしくない狼狽と反応に良心が痛んだが、フィリアは首を横に振った。


 ルースがナニを信じて待っているのに、自分が口を挟むことはできない。


 幼馴染の頼みであっても、ルースやエルトが望んでいないことを、フィリアはするつもりはなかった。


 ナニに目立った動きはない。ルースの説明を反芻しているようであった。


 これだけの事件を起こし、色々な人に迷惑をかけたのである。

 本来であれば、ギルドに魔物石を全部没収されてもおかしくはない。


 少ない数とはいえ、ランクが高い魔物石を返却するなど、ギルド長はずいぶん子どもたちの対応に心を砕いている。

 ギルド長なりの配慮と譲歩が、幼い子どもたちには理解できるだろうか。





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