7-35.あと、魔物石の件だが……
落雷のような声に、子どもたちだけでなく、『赤い鳥』のメンバーもいっしょになって震え上がる。
トレスも思わずペンを取り落としてしまった。
「自分の不始末を自分で処理できる大人が、自由を語ることを許される。おまえのいう自由とやらは、単なるケツの青いガキの我侭だ」
「おっ、大人は横暴だ!」
「黙れ。ここのボスはわたしだ。わたしがボスだ! ボスが横暴でなにが悪い?」
ここにいたければ、わたしに従え、と、ルースは威圧的に言い放つ。
子どもにわかるように教え諭して言い聞かせることなく、ルースはただ圧倒的な力で強引にねじ伏せる。
元とはいえ、『伝説級冒険者』だったルースギルド長が発する圧力に、幼い子どもがかなうはずもない。リオーネは悔しそうに口を閉じ、乱暴な仕草でソファに座った。
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「あと、魔物石の件だが……」
ルースの視線がリオーネから離れ、ギルの膝の上にいるナニへと移る。
ナニはフードをさらに深く被り、下を向いているので、どんな顔をして話を聞いているのかはわからない。
そもそも、この話に興味があるのか、ないのかもみえてこない。
一方、ギルもギルで、彫像のように固まっており、ピクリともしない。
生きているのかも疑わしいくらい、反応がなくなってきている。
「土産は何人分必要なんだ?」
ルースの質問に、ナニの身体が微かに震える。
「……二十一人分」
「…………」
ナニの言葉にルースは軽く目を閉じ、専属秘書の名を呼ぶ。
「採取した薬草は、全てギルドが買い取り、現金化する。それでいいよな?」
質問ではなく、同意をちびっ子たちに求める。
リオーネが「好きにしたらいいよ」とそっぽを向きながら答える。
「通常のものは、正規ルートで。高品質のレア素材は、くれぐれも、ぜったいに……まちがっても表にはだすな。いつものルートを使って、迅速かつ極秘に処理しろ」
今度はトレスに指示をだす。
「承知しました」
「それでだ……」
ルースはここで一旦、言葉を区切り、専属秘書とナニを交互に見る。
「魔物石は、最も品質の高いものから二十四個をちびっ子魔術師に返却する。残りはギルド買い取りですすめてくれ」
「承知しました」
ルースの指示を聞き、ナニの身体がぴくりと震えた。
少女の反応に、ギルの表情が警戒のためにぎこちなく固まる。とばっちりに対する、防御態勢に入っていた。
「大人は平気で嘘をつく。……魔物石は返してくれると言った」
「全部返すとは言ってないよな?」
ルースは、ゆっくりと、はっきりとした口調で、少女に語り聞かせる。
ナニの息を呑む気配が伝わってきた。
「子どもは、自分の都合がよいように、ものごとを解釈するもんだ。全部とりあげるとは言っていない。お土産分と、ちびっ子たちの初討伐の記念に一個ずつは、間違いなく返却する」
リオーネが口を開きかけるが、エルトに「リオにぃ、これはナニねーの問題」と小さな声で遮られ、リオーネは悔しそうに、そのまま口を閉じる。
静かな沈黙が流れる。
トレスが忙しそうにしながら、書類を作成している音だけが聞こえた。
時たま呪文が聞こえ、鳥に変化した【書類鳥】が、慌ただしく飛び交っては、やりとりされている。
ルースは急かす様子もなく、ナニの答えをじっと待っていた。
最初、茶はいらないと言ったが、こういうときは、茶が飲みたくなる。
ギルが居心地悪そうに身体を動かし、助けを求めるかのように、フィリアの方を眺めた。
こういう機微には鈍いギルであったが、今回は珍しく、ナニに一番近くにいることで、なにかを感じたようである。
助けを求めてすがるような相棒の、らしくない狼狽と反応に良心が痛んだが、フィリアは首を横に振った。
ルースがナニを信じて待っているのに、自分が口を挟むことはできない。
幼馴染の頼みであっても、ルースやエルトが望んでいないことを、フィリアはするつもりはなかった。
ナニに目立った動きはない。ルースの説明を反芻しているようであった。
これだけの事件を起こし、色々な人に迷惑をかけたのである。
本来であれば、ギルドに魔物石を全部没収されてもおかしくはない。
少ない数とはいえ、ランクが高い魔物石を返却するなど、ギルド長はずいぶん子どもたちの対応に心を砕いている。
ギルド長なりの配慮と譲歩が、幼い子どもたちには理解できるだろうか。
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