7-26.今日はとても調子がいい?

 太陽の位置からして、時刻はもう少しで十四の刻になるくらい、といった頃合いだ。


 少しばかり頑張って、明るいうちに討伐してしまうか、ここでいったん、のんびり休息して、明日にするか……。


「エルトはどうしたい?」

「早く終わらせて帰りたい。早くとうさんに会いたい」

「ナニは?」

「冒険者ギルドの受付業務は、十六の刻で終了する。十五の刻になるまでに帝都に戻れば問題ない」

「わかった。野宿は面倒くさいもんな。お弁当も全部食べちゃったし……。ぱぱっと終わらせて、さっさと帝都に戻るか」

 

 リオーネの決定に、ナニとエルトが頷く。


「ところで、あの砦にヒトが住んでいるって……ことはないよな?」


 呼吸を整え、リオーネはゆっくりと目を閉じる。口のなかでブツブツと呪文を唱え、神経を研ぎ澄ませながら周囲へと視野を広げていく。


 念のため、ということで、攻撃を開始する前に、探索系の魔法強度をあげて、改めて砦とその周辺の状況を調べなおす。

 訓練のときに、確認せずに攻撃したら『影』にめちゃくちゃ怒られたからだ。


 ナニとエルトも、それぞれの方法で、砦の内部とその周辺を探っているのが気配でわかった。


 ナニは探索の範囲を狭く、より深く。

 エルトは浅く、より広い範囲を調べているようだった。


「砦の内部には、ヒトなどの気配はなかった。魔物……ゴブリンだけ」

「近隣に村もないよ。旅人もいない」

「ゴブリンの数が多くなったから、餌となる小動物なども狩りつくされている模様」

「よし。わかった。ゴブリンの巣は砦内だけっぽいな。地下とか、抜け穴とか、洞窟とか……」

「砦の中に、倉庫っぽいのと、地下牢っぽいのが確認できた。あとは、枯れた井戸。抜け穴はない」

「近くに洞窟が三か所あるけど、ゴブリンが住んでいる気配はないよ」

「わかった……。見落としはないだろうけど、哨戒中のゴブリンとかいたら面倒だよな。エルトは砦を中心に、半径一ロキまで結界を張って。結界内にその洞窟は入るか?」

「うん。大丈夫」


 エルトは呪文を唱えながら、両手を天に掲げた。

 それを合図に、砦を中心として、目には見えない薄い光が、周囲にひっそりと広がっていく。


 砦にこれといった変化はみられない。ゴブリンは、自分たちが結界の中に閉じ込められたことには気づいていない。


「できたよ」


 これで、結界の内部にいるモノは、外へ脱出することはできなくなった。


 そして、結界内部でどのようなことが起こったとしても、その被害は、外に及ぶことはない。全ては結界内で終了する。


「すげ――よ! エルトの結界って、すごくきれいだ。完璧だ。これで、ゴブリンの打ち漏らしはないだろう」

「同意。惚れ惚れするくらい、見事な結界」


 リオーネとナニの賛辞に、エルトの口元が悦びにほころぶ。


「エルト、今日はとても調子がいい?」

「……うん。なんか、すごく……身体が軽いみたい? 魔法もね、いつもより精度があがっているみたいだよ? 朝にとうさんからいっぱい、魔力をわけてもらったから……かな?」


 ナニの質問に、エルトは両手を開いたり、閉じたりしながら、こてりと首をかしげる。


「そうなのか? う――ん。もしかたら、初めての冒険に興奮しているのかもな」

「そう……なのかな?」


 リオーネの解釈に納得がいかない様子をみせつつも、エルトは自分が作った結界を眺める。


 ふたりが褒めてくれるのは嬉しいのだが、自分の中の違和感の正体がわからずにモヤモヤする。


 モヤモヤするが、今は目の前のゴブリンに集中だ。


 優しい精霊さんたちのためにも、全力で挑まないといけない。


 と、エルトは思った。



一ロキ=一キロ

十四の刻=十四時(午後二時)

十五の刻=十五時(午後三時)

十六の刻=十六時(午後四時)



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