7-25.大人たちの思考回路は複雑

 エルトが次の転移先に選んだ場所は、さびれた砦を見下ろすことができる小高い丘の上だった。


「あの砦に大量のゴブリンと、ゴブリンっぽいものがいるのを確認した」


 探索系の魔法を唱え終えたナニが、淡々とした口調で報告する。


「ボクも確認したよ」

「おれも。数はわかるか?」


 リオーネの質問に、ナニとエルトは揃って首を横に振る。


「無理。多すぎて、正確な個体数までは把握できない」

「チョロチョロ動いているから、数えられないよぉ……」

「……そうだよな。あんなにいたら、個体をそれぞれ識別して、数えるだけで日が暮れそうだ。面倒くさいよな。そんなことをしている間にも、新しい個体が産まれてきそうな量だよな」


 リオーネは大仰に肩をすくめてみせる。

 冒険者のクエストって、いちいちメンドクサイな、とうんざりした顔で眼下の砦を眺める。


「ナニねー……あのね、とうさんの本にはね、ゴブリンって、もっと少ない集団で活動してるって書いてあったよね? これっておかしくない? ちょっと多いと思うんだ」


「……例外があってもおかしくはない。そもそも、あの呑んだくれのエロオヤジが提供する情報を、真に受けるのはよくない」

「……とうさんはそんなんじゃない……」


 ナニの遠慮ない発言に、エルトの機嫌があからさまに悪くなる。


「……ま、本では、学べないこともいっぱいあるってことだよな!」


 剣呑な空気を察知したリオーネが、ふたりの間にわって入り、強引に話題をそらす。


「まあ、よゆーで九十体以上はいるから、あそこにいるゴブリンをまとめて退治しよう。……で、エルト、ここはどこなんだ?」

「……地名はわからないけど、さっきの場所からちょっと離れたところ」

「近いのか?」

「うん。近いよ。そんなに遠くはないよ」


 エルトの返事にリオーネは少し難しい顔をして考え込む。


「そんなご近所だったら、ここにいるゴブリンたちが、あの泉にまで餌場を広げでもしたら大変だな」

「そうだね。精霊さんたち、汚いゴブリンがやって来たら困るだろうね」


 子どもたちが想像しているほど、惑わしの森とゴブリンの砦は近くはない。


 そもそも、大樹の精霊様の強固な結界があるので、ゴブリンにとって侵入するには実際の距離以上の困難な壁がたちはだかっている。


 低級モンスターであるゴブリンごときが、惑わしの森を越えて、聖なる薬草の群生地までたどり着くなど、天地がひっくり返ったとしても、ありえない話であった。


 だが、そのような事情を知らない子どもたちは、「精霊さんたちの生活を護るためにも、なにがなんでも、この砦にいるゴブリンたちを殲滅しなければならない」という結論に達してしまった。


「そもそも、なんで、こんな、なにもない場所に砦があるんだ? まさか、ゴブリンが砦を作った……ってコトはないよな?」

「それはない。アレは、少し時代は古いけど、ヒトの手によって建造された砦」

「街道もないし、国境でもないし、特に、なにか監視しなくちゃいけないものもないのにね……」

「重要性皆無」


 どういう意図があって、砦が築かれたのか、子どもたちは考え込むが、どんなに頑張って考えても答えがわからない。


 だからこそ、あっさり捨てられ、あっさり忘れられ、今もこうして放置されているのだろう。

 深く考えるのは無駄なように思えてきた。


「大人たちの思考回路は複雑」

「おれらも大人になったら、意味不明な場所に、意味不明なものを作ったりするのかなぁ?」

「リオにぃなら十分ありえる」

「…………」


 ナニの言葉を軽く聞き流しながら、リオーネは砦を観察する。




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