7-7. アレがいいのか……?
フィリアほどではないが、顔がいいだけに、とても残念な男である。
「ロリコン……ギルに、待遇の改善を希望する」
「……ん?」
暴れ疲れたのか、ぐったりとしながら、ナニが言葉を発した。
「急ぎ、エルトと同程度の扱われ方を望む」
「エルトと同程度?」
ギルは不思議そうに首をかしげながら、少し前を歩く幼馴染の魔法剣士を観察する。
フィリアはエルトを追いかけ、捕まえた。
捕まったエルトは、フィリアに両手で大事そうにだっこされ、エルトはフィリアの首に手を回し、ぴったりとくっついている。小さな子どもが親に甘えて、だっこされているような図である。
「アレがいいのか……?」
前方のふたりが醸し出しているほのぼのした空気を感じ取り、ギルが困惑気味に顔をしかめる。あれだけ、ロリコンとののしりながら、だっこをねだられては、対応、いや、反応に困る。
「ロリコンに、あそこまで密接な対応は求めていない。が、今の状況は……とても、身体に負荷がかかって、くっ、苦しい……」
「……あ、悪い」
ナニの言いたかったことが理解できたのか、ギルが慌てて謝罪する。
たしかに、この抱き方では、頭に血がのぼるだろう。
逆鱗となる、でも、ぺったんこなので、あるのかないのかよくわからない場所に触れないように、細心の注意を払いながら、ギルは片手でナニを抱き上げる。
体勢が変わったことに安堵しながら、ナニはさらに言葉を続けた。
「杖の返却を……」
「それは、色々な意味で駄目だ」
最後までは言わせない。
「ケチ。ロリコンは心が狭い」
ギルは黙った。
なんと言われようと、魔術師に杖を返すなどできない。
魔法を唱えられて逃げられたり、杖を武器に殴られては大変だ。
見た目は華奢な子どもなのに、どういう仕組みになっているのか、この少女の杖攻撃はかなり痛い。非常に痛いのだ。
防御系のスキルレベルが高いギルだからこそ平気な顔をしていられるが、あの杖攻撃が一般人に向けられたら……骨が砕け散る以上のダメージが発生するだろう。
空気が読めないとミラーノには呆れられたが、これくらいはギルでも察することができる。
フードが邪魔で表情はわからないが、ナニからは不機嫌そうなオーラが漂っていた。
前方のふたりのような親密な距離感は遠慮したいが、もう少しだけでいいから、この少女とは友好的な状態でいたい。とギルは思った。
フィリアほどではないが、ギルもギルで、孤児院の子どもたちからは兄のように慕われなつかれている。なので、この状況には少々傷ついていたのだ。
このままずっと不機嫌な少女の子守をさせられるのかとビクビクしていたギルだったが、ナニの機嫌は、垂直移動装置の部屋に入ったとたん、上機嫌になった。
「ギル、ギル、あっち、あの、パネルの方に近づいて!」
「暴れるな! じっとしてろ」
じたばたするふたりに、操作盤の前に立つ秘書のトレスは、困惑気味な笑顔を口元にはりつけている。ただし、目は笑っていない。
ギルの管理能力の低さを責め立てるような目線だ。
どうしてよいかわからず、ギルはおどおどとルースギルド長の方に視線を動かすと、彼は静かに首を横に振った。
パネルには近づけるな、という命令である。
「これ以上、近づくことはできない」
「なんで? 垂直移動装置だよ。発動の瞬間を観察分析しないと!」
「駄目だ!」
「ちょっとだけでも、遠目からでも」
「遠目からなら、ここだ」
「ケチ。ロリコンは心が狭い」
狭いのは心ではなく、垂直移動装置が設置された小部屋なのだが、ギルは沈黙することで、己の意思を貫こうとする。
「垂直移動装置が珍しいのはわかるけど、きっと、次の機会があるよ。今日は、おとなしくしておこうね」
見かねたフィリアが、ナニに向かってにっこりと笑いかける。
「……でも、垂直移動装置が……」
「ナニねー、…めっ!」
「…………わかった我慢する」
エルトのひとことで、ナニは静かになった。
「エルトはすごいね」
手放しでエルトを褒めるフィリアに、ギルも心のなかで、「まったくそのとおりだ」と大きく頷いた。
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