7-1.とにかく逃げろ!

「やばい! 逃げるぞ!」


 唐突に発せられたリオーネの言葉に、子どもたちが一斉に動きに転じる。


 と、同時にルースの怒声が査定受付室に響いた。


「ギル!」

「はいっ!」


 隙きを見て逃げようとしていたナニを、ギルが条件反射で捕まえ直す。


 呪文を唱えようと杖を動かすのを察知し、右手で杖をとりあげ、左手をナニの腹にまわし、小脇にかかえる。


 ナニは一瞬だけじたばたともがいたが、少女を捕まえる手は緩まなかった。

 杖を奪われて観念したのか、ナニはすぐにおとなしくなる。


「リオにぃ、ナニねーが……一瞬で捕まっちゃったよ!」

「構うな。あれは、元々、捕まっていたっていうんだ。とにかく逃げろ!」

「どこに逃げるのっ!」


 リオーネの後を、エルトが慌てて追いかける。


 パタパタと室内を走る子どもたちを、大人たちは、「どこに逃げるんだ?」という顔をして眺めている。


 扉には【施錠】がかかったまま。

 受付の奥に、従業員の出入り口もあったが、そこにも【施錠】がかかっていた。

 関係者以外立ち入り禁止状態になっている部屋から逃げる方法はない。


 さらに、偶然にも扉の前には、ギルド長の秘書が控えていた。

 見た目はヒョロいが、彼も立派な超級冒険者の戦士だ。

 扉に近づけば、トレスが子どもたちを捕獲するだろう。


 ぼーっと突っ立っているように見えるが、いつでも動けるように構えているのがわかる。


「ミラーノは赤髪! フィリアは黒髪を確保!」

「は……はい」

「……はい?」


 突然、名前を呼ばれた魔術師ミラーノは、あたふたと杖を構えると、赤髪の少年リオーネに【捕獲】の魔法を放った。


 淡い光を放つ魔力の固まりが、一本の細いロープになり、しゅるしゅるとリオーネの方に伸びていく。


「よし…………えっつ!」


 魔法のロープがリオーネの右足にからみつき、「とらえた」と思った瞬間、プチッという衝撃が感覚で伝わってくる。


「なんだ? コレ邪魔!」


 というリオーネの声が聞こえた。


 リオーネは、魔法の縄が右足にからみついた状態で、さらに逃げようと脚を動かし、魔法の縄を力技でちぎりとってしまったのである。


「うそ……」


 驚きの声が漏れる。

 ミノタウロスをも捕縛できる術が、いとも簡単に破られてしまった。


「なにを驚いている! あれだけの数のモブではないゴブリンを倒したんだ。普通の子どもであるはずがないだろう。全力で捕まえろ! でないと、あいつらは逃げるぞ!」


 ルースの叱咤が、呆然としているミラーノとフィリアに飛ぶ。


 あれこれ考えるよりも先に、ギルド長の指示に身体が反射的に動く。


 ミラーノはもう一度、杖を構え直すと、今度は【捕縛・凶】を唱えた。

 さらに念には念をということで、間髪をおかずに【拘束・凶】を二重にかける。


「な、な、なんだよコレ!」


 しばしの攻防の後、リオーネはぐるぐるの簀巻き状態、いもむしのごとく、床の上でジダバタ暴れていた。


「よくやった」


 ギルド長が短く褒める。

 仕事ぶりは評価してもらえたようだ。ミラーノはこっそり、安堵の吐息をもらし、額に浮かんだ汗をぬぐった。


(ちょっと、もう、なんなのこの子……。まだ暴れてるんだけど!)


 捕縛できたのはよいが、リオーネの抵抗はまだまだ終わっていない。

 魔法抵抗のスキルでもあるのか、拘束が緩みかけたのに気づき、再度、ミラーノは【拘束・凶】を発動する。少しでも気を抜いたら、拘束を解いてしまいそうな勢いだ。


「離せ! やめろ!」



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