5-4.また会えたらわかるかな?

 みんなと歩きながら、エルトはぼんやりと考える。


 フィリアとは手をつないで、また膝の上に載せてもらって、ぎゅっとしてもらって、頭をなでてもらったり、おしゃべりをしたり……もっと、もっと色々なことをしてみたい……。してほしい。


 とうさんがいつもやってくれる『嬉しいこと』を、フィリアにもやってほしいとエルトは思った。


 フィリアのことを考えると、冷たく凍えるような全身が、じんわりと温かくなって、活力がわきでてくるようだった。


 その反応にリオーネは嬉しそうに笑った。エルトの頭を思いっきりぐしゃぐしゃにかきまわす。


「今、おれは、エルトが『リーダーにまた会ってみたい』と思っていることが、すごく『嬉しい』んだ」

「嬉しいの?」

「ああ。嬉しい」


 真剣な表情で、強く、はっきりとした声で、リオーネがエルトに言い聞かせる。


「……ぼくも、リオーネが嬉しいんなら、嬉しいよ」


 ぐしゃぐしゃになった髪の毛を手櫛で戻しながら、エルトは自分の胸の奥がなんだかポカポカするのを感じていた。


 だけど……と、エルトは心のなかで問い返す。


 フィリアの膝の上に座らせてもらったときは、胸の奥はぽかぽかしなかった。


 だったら、それは『嬉しい』ではないのかもしれない。


 胸の奥はとてもドキドキしていた。

 あのドキドキはどんなドキドキだっただろうか。と考えてみる。


 訓練中に感じるドキドキではない。

 課題の結果を聞くときのドキドキでもない。

 悪戯が見つかって、隠れていたときのドキドキ。

 できなかったことができるようになり、大人たちから「よくがんばったな」と言われて、頭を丁寧に撫でてもらったときのドキドキ。


 色々なドキドキがあったが、そのどれとも違うドキドキだった。


 なんだろう。


 体内の魔力が落ち着きなくざわついている感覚に、エルトは小首をかしげる。


 冒険者ギルドをでてから、身体の調子が今までにないくらいとてもいい。いつもはギリギリしか残っていない魔力が、増えた感じがする……。身体も軽い。


「……また会えたらわかるかな?」


 淡々と紡がれた言葉ではなく、そこには少しだけ感情が見え隠れしていた。


「……そうだな、わかるといいよな」


 今までにはなかったエルトの反応に、リオーネは喜びを感じると同時に、悔しくも思っていた。


 胸がチクリと痛む。


 その痛みは小さなものだったが、心の深いところにまで、抜けない棘のように突き刺さる。


 出会って数分、いや瞬間にエルトの警戒心を解き、いとも簡単に触れ合いを許しただけでなく、また会いたいと言わせた存在に、兄としてはいささか嫉妬してしまう。


 今の落ち着いている状態と、五年前の荒れていた状態で比べるのは間違っている。

 だとしても、傷ついたエルトの心を開くのに、『深淵』の保護者達がどれだけ骨を折り、血を流し、苦労してきたかを……すぐ側で見ていただけに驚きが大きい。


 今までは三人一緒に行動していた。

 寝るときも一緒、訓練をうけるときも一緒、怒られるときも、褒められるときも、三人が一緒だった。


 だが、その『三人一緒』の関係がゆっくりと、じわじわと崩れてきていた。


 三人一緒の訓練に加え、ハヤテとカフウだけを対象にしたものが新たに増えはじめる。


 これから先は、剣術が得意なハヤテと魔法を得意とするカフウは、別の『影』に従って、『深淵』の『影』として学ぶことになるだろう。

 そのつもりでいるように……と、フウエンが言っていた。


 三人がバラバラになる。

 それだけでも、リオーネ……ハヤテの心は張り裂けそうだ。


 バラバラになるだけでなく、『深淵』の『影』でもなんでもない、全く別の人間たちが、ズカズカと三人の中に入り込んでくる。


 めまぐるしく世界が変わっていく。


 エルトの目には、それがどのような世界に見えているのだろうか?


 大切にしていた雛鳥の巣立ちを見守るような、しんみりとした心境に浸っていたリオーネの目の端に、一心不乱にギルドカードを見ながら歩いているナニの姿が映り込む。


「はぁ……」


 リオーネの口からため息が漏れる。


 こっちも、こっちで問題がてんこもりだ。



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