3-25.失敗するだろうな
ペルナの耳がぺたんと下に降りている姿をルースギルド長は、軽く目の端にとらえる。
「失敗するだろうな」
「はい?」
ルースギルド長の発言に、ペルナの耳がピンと立ち上がる。
「魔道具制作部から、一部の登録用紙に不備があったと連絡があってね。調べたところ、問題の登録用紙は、うちのギルドに納品されていたそうだ」
「え……?」
大人の色気に溢れまくっているギルド長は、突然の登場に謝罪することもなく、淡々と事実だけを説明をする。
カウンターの上に、自分が手にしていた書類箱を静かに置いた。
ペルナが持ってきた箱と寸分の違いもない。
「ペルナ。この登録用紙は、わたしが処分しておく」
「は、はい? で、でも……」
「この件に関しての、もろもろの手続きの方もわたしがやっておくから、キミはこのまま登録作業を続けなさい」
「……はい」
大きな声ではないのだが、ルースギルド長は強い口調でペルナの反論を前もって封じる。
ギルドのいち職員でしかない受付嬢が、そのトップであるギルド長命令に逆らうことなどもってのほかであるし、始末書や残業を回避できるのなら、このまま登録作業をつづけるべきだ。
ギルド長は、ペルナが持っていた箱を自然な動作で、だが、奪うように受け取った。
まだなにかいいたげなペルナを眼力だけで黙らせると、ルースギルド長はカウンターにいる一同へと視線を巡らす。
大人たちの伸びっきった背筋が、さらにビシッと硬直する。
「……ああ。それから、小さな冒険者クン、血は一滴で十分だからね? あまりウチの受付嬢を困らせないでくれよな」
少しだけ笑いを含んだ言葉を残し、ギルド長は受付からなにごともなかったかのように立ち去った。
ギルド長の気配が消え去り、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「はあ……緊張したにゃ」
額に浮かんだ大粒の汗をぬぐうと、ペルナは本日二回目となる登録作業にとりかかるのであった。
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「今度はうまくいったようですね――」
ペルナの安堵が混じった喜びの声に、一同は深くうなずいた。
ちびっ子たちそれぞれが、もう一度、登録用紙におのおのの名前を書き、血を一滴たらす。
すると、登録用紙がじわじわと輝きを放ちはじめた。
「うわぁっ」
「すげ――」
子どもたちから感嘆の声が漏れる。
光を放つ用紙がふわりと浮き上がり、用紙に刻印されていた魔法陣から意志をもった光が動き始める。
一同が見守る中、光はゆっくりと形を変えていき、小さなカードになり、最後にはドッグタグの形にまで小さくなった。
浮力を失った登録用紙がカウンターの上にゆらゆらと舞い戻り、カランと音をたてて、ドッグタグが登録用紙の上に落ちる。
「ギルド登録と、ギルドカード発行が終わりました」
ペルナは箱の中からチェーンをとりだす。
「ギルドカードは通常、ドックタグタイプになっており、こちらのチェーンを使って、身に着けておいてください」
「わかった!」
「身分証として、ギルドカードの提示を求められたときは『カードオープン』と、唱えてください。自分のステータスを確認したいときは『ステータス』他人に自分のステータスを開示するときは『ステータスオープン』です。閲覧を終える……ドッグタグに戻すときは『クローズ』です」
子どもたちは目をキラキラさせながら、口々に【カードオープン】【ステータス】【クローズ】と言って、ドッグタグの変化を確かめている。
なんともほっこりとした微笑ましい光景に、ペルナの口元がゆるむ。
フィリアが冒険者登録したときも、ギルとふたりで何度も【カードオープン】【ステータス】【クローズ】と言って、ドッグタグを変形させていた。
(あれから七年もたつのかにゃ……)
あのガリガリだった少年が、生き延びて立派に成長し、堅実にランクアップを重ね、今は新人の立会人を務めるまでになっている。
ちびっ子たちのあどけない姿にほっこりしたり、フィリアのキリリとした姿にしんみりしたりと、なかなかにペルナは忙しかった。
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