3-23.バカを治す呪文はない
三枚あるうちの一枚の登録用紙だけが、血染めの登録用紙になってしまった。
かなりホラーなテイストになっている。
「リオにぃはバカ。説明ちゃんと聞いてない。血は一滴だけ必要」
溜息と同時に、心の奥底から馬鹿にしたようなナニの蔑むような声が響く。
「ええっ? 血がたくさんあったほうが、なんかすごいことがおきそうじゃんか!」
「…………」
確かに、すごいことが起こった。
大人たちが、ものすごく慌てた。
少年の主張に大人たちは一様に天を仰ぎ、そして、大きなため息をついた。
「血の多寡にゃ、全く影響ありにゃせんみゃ!」
受付嬢は動揺からまだ復活できていないようで、口調がなにやらおかしい。
大人たちにはそれを「変だ」と指摘する元気も残されていなかった。
血を一滴、と言ってたのに、なんのためらいもなく、己の指がちぎれる一歩手前までナイフをつきたてた子どもは、ペルナが受付嬢をはじめてから、はじめてのことである。いや、そんな大人もいない。
さらに、つけくわえるならば、この銀のナイフはそこまで殺傷力の高いものではない。
指の皮一枚程度を傷つけ、血が数滴にじみでるように調整された魔道具だ。本来なら、このような流血事件は起きないはずである。
「……それよりもさぁ、ナニはロリコンおっさんの顎は治しても、おれの指は治せないのかよ!」
突然、「ガタン」と大きな音がして、ギルが床に膝をつく。
「お、おい、ギル! しっかりしろ!」
「おっさん……って、オレはまだ二十歳にもなっていないのにぃ……」
隣にいたフロルが慌てて支え起こそうとするが、びくともしない。ギルの受けた心の傷の深さを考慮すると、当分の間、動けないだろう。
十九歳にして、おっさん認定され、ロリコンと呼ばれたのである。まあ、傷ついても仕方がない。
「おいおい。『赤い鳥』の鉄壁、盾役ギルのハートがこんなに脆いなんて、聞いてないぜ……」
フロルの独り言は意外と大きな声になってしまい、さらにギルは落ち込むこととなった。
かつてないほど、どよんと落ち込んでいるギルから、憮然としているリオーネに視線を移すと、ナニはぽそりと言葉を発する。
「……バカを治す呪文はない」
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「……ま。色々あったけどさ……うん。ペルナ、そろそろ、登録用紙に変化があってもいい頃じゃないのかな?」
変な流れになりつつある空気を、我に返ったフィリアが強引に軌道修正する。
浮かべた笑顔がぎこちないのが自分でもわかる。
動こうとしない表情筋を巧みにあやつり、無理やり微笑みながら、冒険者登録に立ち会ってよかった、とフィリアはしみじみ思った。
この常識の枠から逸脱してそうな子どもたちを、ペルナひとりで相手にするのは大変だろう。
もちろん、自分ひとりだけで子どもたちの相手をするのも骨が折れる。
「はっ。そうだにゃ! そろそろ……?」
フィリアの指摘に、全員の視線が集まり、カウンターの上にある登録用紙を、穴が開くほど睨みつける。
じりじりと時間がすぎていくが、なにも変化はない。
「………………」
「……おかしいにゃ?」
「不要な血が流れすぎたから、おかしくなった?」
ナニの言葉にリオーネが、ふるふると首をふる。自分は無実だと訴えているようだった。
「……不良品か? 使う前に使用期限は確認したんだろ? それか、保管中に、誰かの魔力に汚染されたんじゃねーの?」
フロルが眉を顰めながら、可能性をひとつひとつあげていく。
「うにゃ……」
的確でもっともな指摘に、ペルナの耳がペタンと垂れる。
原因はわからないが、これは、間違いなくやり直し案件である。
久々の冒険者登録だったので、事務所にいた職員総出で、登録グッズに間違いがないか、魔道具は魔力切れをおこしていないか、念入りに、何度も確認作業をしたのに、登録エラーとなってしまった。
(にゃんで……失敗したにゃ……?)
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