1-13.惑わされるな!
硬く閉ざされたフィリアの口から、苦悶の呻き声が漏れる。
胸から全身へと広がる痛みと熱さに意識がもっていかれそうだった。フィリアは身体をくの字に曲げ、顔を伏せる。
抱えていた剣が手から滑り落ち、カラカラと乾いた音をたてて転がりながら地上へと落ちていった。
「フ、フィリア! どうした?」
突然苦しみだした相棒のただならぬ様子に、ギルが慌てて手を差し伸べる。
「わ、わからない……。む、胸が……張り裂け……そうだ」
突然、襲い掛かった激しい痛みに、フィリアは左胸をかきむしる。
苦しい。
痛い。
怖い。
想像を絶する苦痛と恐怖に、フィリアは耐えきれず思わず悲鳴をあげていた。
全身から嫌な汗が一斉に吹き出し、身体の震えが止まらない。
「危ない!」
バランスを崩して屋根から転がり落ちそうになるところを、間一髪でギルが全身で受け止め、助け起こされる。
「ふぃ、フィリア! 息を……息をするんだ! 呼吸! 呼吸!」
滅多に大声を張り上げないギルに怒鳴られ、フィリアは口を大きく開く。
新鮮な空気を求めて、何度も何度も深呼吸を繰り返した。
ヒューヒューと乾いた呼吸音が夜の闇の中へと吸い込まれていく。
ギルが背中を必死にさすってくれているのがわかった。
そうしている間も、フィリアの心臓は、バクバクと激しい音をたてて暴れ、今にも爆発しそうだった。
全身から冷や汗がにじみでて、ぽたぽたと雫となって落ちていく。
身体が引き千切られるような痛み。
全身を流れる血が逆流し、身体が粉々に砕け散るかのような激痛に襲われる。
特別な訓練もせずに、見よう見まねで冒険者をはじめたフィリアたちは、何度も怪我を負った。
今まで運よく、瀕死の重傷というものを負ったことはなかったが、これがそういう痛みなのかもしれない。
と、フィリアは激痛に苦しみながら思った。
目の前の景色がかすみ、ギルの叫び声がだんだん遠く、小さくなって、聞き取れなくなっていく。
激痛は一瞬だった。
だが、痛みの余韻はすぐにはおさまりそうにない。
カツ、カツ、カツ……。
遠くなる意識の中で、屋根瓦の上を歩く音が聞こえた。
その規則正しい足音は、だんだん早く大きくなってくる。
誰かが近づいてきている。
激痛で苦しいはずなのに、フィリアの感覚は恐ろしいほど透明になっていき、周囲の禍々しい気配の流れを敏感に感じ取っていた。
苦しむフィリアに意識を集中しているギルは、自分たちの方に向かってくる気配に気づいてはいない。
ギルはフィリアの名を必死に叫びながら、背中を擦り続けている。
じりじりと、胸が締めつけられるような苦しさに耐えかねて、フィリアが意識を手放そうとしたとき、聞き覚えのある声が、フィリアを正気へと戻した。
「フィリア! その痛みはおまえ自身のモノではない! 惑わされるな!」
低く甘い大人の男性の声が、フィリアの心に直接響く。
その瞬間、フィリアの全身に、電撃のような衝撃が走った。
「だ、だ、旦那さま! フィリアが! フィリアが急に苦しみだして……。助けてください!」
「フィリア! わたしの声が聞こえるか? おまえまでひきずられるな! フィリア、おまえは怪我など負っていない。本当に苦しいのは、おまえではない。おまえの半身だ!」
「フィリアどうしたんだよっ!」
依頼主の他に、動揺しているギルの声も聞こえた。
「ギル、おまえがうろたえてどうする? いつも教えていただろう? おまえは、しっかりと心を平常に保つんだ。フィリアを守りたいのなら、心を乱すな! ただ、守ることを考えなさい」
「わ……かりました!」
そのやりとりの後、旦那さまの歌うような美しい詞の旋律が、フィリアの頭上に展開する。
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