1-11.帝都はもうすぐなんだけどなぁ
まだまだ若いフィリアとギルは、冒険者カードでステータスの数値を確認するよりも、手元に残っている硬貨の枚数を数えるということで、己の成長を実感していた。
振り返ってみると、フィリアたちは『当たり』の依頼を引き当てたといってもよいだろう。
なにしろ『食費も宿泊費も移動にかかる費用も依頼人もち』な依頼なのだ。
それだけでも、貧しい初級冒険者にはありがたい話だった。
さらに、フィリアたちは行商人の行動を注意深く観察し、ときには質問をして、旅先で様々なことを学ぶ機会を得た。
行商人は見かけによらず博識だったのだ。
変わり者の行商人と共に旅をすることで、フィリアも【転移】の魔法が使えるようになり、それに付随する魔法も覚えた。
だが、そのときばかりは、行商人は渋い顔をした。「魔法は見よう見まねで覚えるのではなく、ちゃんと魔法を理解している者を師とし、基礎の部分から順を追って師から教わるものだ」と珍しくフィリアを叱った。
だったら、魔法を教えて欲しいと願ってみたのだが、行商人は「自分には許されていないことだ」といって、首を横に振るばかりだった。
行商人は剣術も教えてはくれなかったが、行商人の構えや戦い方を真似しても特に怒られることはなかった。
少年たちの依頼人は、護衛というよりは、ひとり旅の寂しさを紛らすための連れが欲しかったのかもしれない。
「帝都はもうすぐなんだけどなぁ」
帝都の方角を指さしながら、ギルが残念そうにぼやく。
そう、ギルが言う通り、帝都はもうすぐだった。
徒歩でたった数日の距離。
帝都は目と鼻の先にある。
フィリアとギルは、依頼人の行商人についていき、帝国中を縦横無尽にウロウロしながら、今は帝都に近づきつつあった。
二年ぶりの帝都である。
両親から捨てられた貧しい孤児院暮らしで、人々からはさげすまれる存在で、ひもじい記憶しかなくても、フィリアとギルにとって帝都は、故郷と呼べる特別な場所だった。
孤児院にいる『おとうと』や『いもうと』たち。
孤児院を卒業して独立した『あに』や『あね』たち。
そして、自分たちを保護し、貧困と戦いながらも懸命に育ててくれた厳しくも優しい孤児院の院長。
会いたいヒトはたくさんいる。
みんなはかわりなく暮らしているだろうか?
元気だろうか?
なつかしい人たちに、もうすぐで会えると思うと、フィリアとギルは嬉しくて、心が踊った。
が、帝都を目前にして、どういうわけか行商人の歩みがぴたりと止まってしまったのである。
(もうすぐしたら、この仕事も終わりなのかもしれない……)
行商人はなにも言わない。
説明しない。
確信があるわけではないのだが、なんとなくそうなるような気がした。
その別れの予感も、フィリアの心を乱す一因となっていた。
ふたりの雇い主である行商人は、ベイッツ村に到着すると、迷うこと無く宿屋へと直行し、数件ある宿屋の中から、中ランクの宿を選び、二週間分の宿泊代を前払いしていた。
行商人が選んだ宿屋は、古い外観の地味な宿屋だった。
だが、傷んでいる部分には手を入れて念入りに修繕している跡があり、掃除も行き届いていた。料理は素朴だが美味く、量も多かった。
長期滞在に適した宿屋だ。
行商の長期滞在は今までにも何度かあった。
だが、今回に限って、行商人は特にコレといった商売をすることもせず、宿泊先に選んだ宿屋に籠ってしまったのである。
方向音痴の依頼人はなかなか「村をでる」とは言わなかった。
村どころか、宿屋からもでようとはしなかった。
客室の椅子に腕を組んで座り、難しい顔で壁の一点を睨んでいるだけだ。
今まであれだけ活発に動き回っていたのに、あきらかに様子が変だった。
「なぜ、旦那さまはこの村からでないんだ? 商売をしている様子もない。宿屋の外にもでない」
あまり細かなことにはこだわらないギルでも、今回ばかりは気になるようである。
いつもは無口なのに、今日に限って言葉が多いのも、そのせいだろう。
「さぁ……どうしてかな? わからないよ。もともと、旦那さまって、なにを考えているかわからないヒトだし、ぼくにわかるわけないよ」
「そうかなぁ」
ギルは大仰に首を傾けてみせる。
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