1-10.キャンセル料とペナルティ……それと、方向音痴……
ギルは目を細め、顎に手をやり首をひねる。彼なりに必死になって考えているようだ。
「キャンセル料とペナルティ……それと、方向音痴……」
どちらが自分たちにとって不利益になるのか、ギルは天秤にかけはじめる。
ギルにしては珍しく熟考した結果、天秤の傾いた方に従うことにした。
「あの依頼人、方向音痴がひどいだけで、フィリアの予想では、害意はないヒトみたいなんだろう? だったら、フィリアがこのままこの依頼を続けたいというのなら、続けていいんじゃないかな? 嫌なら、この依頼はキャンセルしよう!」
「…………」
ギルの天秤は「フィリアの意志を尊重する」というあらぬ方に傾いたのであった。
ギルにしてみれば、兄貴分として、弟の望みを叶えてやるのが、兄としての役割だとでも思ったのだろう。
難しいことはフィリアに丸投げ、ともいえたが、ギルが依頼人に対して警戒心を抱かなかったのには、それなりの根拠があった。
彼らの雇い主は、とんでもないヒトではあったが、方向音痴であること以外に関しては、意外にもまっとうな人格者だったのだ。
依頼人は人様に恥じるような……縛について牢屋に入れられるような悪いことを行っているわけでもない。
むしろ、誠実で、善良。真面目をとおりこして生真面目な商人で、人を騙して儲けようという様子は全くみられなかった。
どちらかといえば、騙すよりは騙される側の人だろう。
人の足元をみて粗悪品を高値で売りつけたりするような悪徳商人ではなかった。
ひと月くらい一緒に行動すれば、情もわいてくるし、行商人の方向音痴にもいいかげん慣れてくる。
方向音痴の行商人をひとりっきりで帝国の荒野に放り出すのも、なんとなく薄情なようで気が引けた。
食費も宿泊費も移動にかかる費用も依頼人もちで、フォルティアナ帝国中を旅することができ、さらに報酬ももらえる……と、考えると、この依頼が一気に楽しいものに思えてくる。
ようは、考え方だ。
方向音痴にさえ目をつむればよいのだ。
一度、腹をくくってしまえば、後はただ与えられた仕事を確実にやりとげるだけ。
色々考えても、考えたところで、幼い駆け出し冒険者の選択は「このまま依頼を請け続ける」しかない。
こうして、フィリアとギルは、方向音痴の行商人についていき、フォルティアナ帝国の国境付近、辺境と呼ばれる領地や、秘境とされる土地にまで赴いた。
こんな辺鄙なところで、どうやって暮らすのか、というような場所で集落を見つけたときは、とても驚いたものである。
帝都では見ることのできない巨大な湖や、対岸が見えない大きな川、さらには本物の海を見ることもできた。
野生ドラゴンが群生する渓谷にも行き、本物のドラゴンにも遭遇した。
行商人は恐ろしいほど方向音痴だったが、とても強くて魔法も使え、知識も経験も豊富にそなえていた。
たまに【転移】魔法の移動先を間違えて秘境のような場所に行きついたり、無茶な行程を組むことはあるが、フィリアたちに対して、無体を強いることはなかった。
依頼人という立場を利用して、威張ることも威嚇することもない。
報酬の支払いもしっかりしており、方向音痴さえなければ、よい依頼人といえるだろう。
そう、方向音痴さえなければ……。
護衛任務の間、帝都に戻ることは一度もなかったが、この仕事は初心者冒険者にしては報酬も高く、月がかわるごとに最寄りの冒険者ギルドで報酬のやりとりがあり、孤児院に送金もできた。
親に捨てられた大勢の子どもをかかえる孤児院において、駆け出し冒険者の月々の送金額などたかが知れているだろうが、それでも、確実に、送金できる金額は増えてきている。
見習い冒険者から初級冒険者へとランクアップした直後のこと――二年前のこと――を考えると、大きな進歩だった。
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