それでも笑えってうるさいから

呪わしい皺の色

第1話

 休み時間に読んだ本の内容を思い出したからか、あるいはこれから教えられる割り算の筆算に胸をときめかせてか、彼の表情は明るい。朗らかだ。実際に彼の横顔を観察していた唯一の人間の言葉を借りれば「幸せそうな顔」をしていた。そんなわけで、彼女は鉛筆を持ち直し、隣の席の男子の右手首に刺した。左手が的を固定するのに役立った。昨年ようやく注射針に対する恐怖を克服した彼もこの不意打ちにはわなないた。右手首はぐりぐりと入って来る芯を受け入れるために余計な血を流した。目一杯叫べとばかりに口が開き、音を待ち、すっぽかされた。授業中は私語厳禁なのだ。彼は授業の終わりを律儀に待った。「幸せそうな顔しててムカついたの」と彼女は言い残し、隣のクラスの友達に会いに行った。

 成長期に入り顔立ちが若干変わった後も似たようなことが起きた。彼の同級生は彼の笑顔に対する嫌悪感を表現する語彙を豊富に揃えていた。ビンタ、首絞め、蹴り、金的、のしかかり、髪の毛を引っ張る、引きずりまわす等。彼は窓際の席から定規で太陽光を反射して彼らのきれいな御目目にふさわしいものを与えた。彼らは同じ語彙を使って彼に謝意を示した。ある時彼はふと自分がもらい過ぎていることに気付いた。お礼がしたくてたまらなくなった。しかし、同級生の誰もお礼を受け取ってくれなかった。彼は一方的に与えられる関係に満足できなくなり、彼らのもとを去った。

 彼が人をムカつかせる笑顔を封印して数年が経過した。今度は無表情を咎める連中が現れた。その代表者は彼の話を聞き終えると、大げさに溜息を吐いた。「『あなたの話を聞いています』と言うよりも相手と目を合わせて微笑むほうが早くないですか。やっぱり笑顔は円滑なコミュニケーションに欠かせないと思いますよ。そりゃあなたの子ども時代は不憫なものですけど、今周りにそんな自制心のない人いますか?」代表者はにこやかに笑って見せ、真似するように言った。彼はぎこちなく口角を上げた。右頬に痛みが生じた。つまり、代表者は左利きだったのだ。

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