第15話 危なっかしい

「あ、あのーぅ……」


 男に続いて俺たちも表へと飛び出すと、志依がビクビクした調子で自室のカーテンから顔を覗かせている場面に出くわした。


「ひ、悲鳴が聞こえてきましたけど、大丈夫ですかぁ……?」

「へ? あ、ああ別に」


 それを聞いた俺とお兄さんは、呼吸を合わせたかのように玄関のドアを蹴った。

 すると男はうわっと驚き、転落防止の欄干に背中を打ってしまった。


「何が、別に……、だっ。格好付けてんじゃねーよ!」

「……あ。幽霊さん?」

「そうだぞー? 尻尾を巻いて逃げたのは、どこのどいつだったかなー?」

「あの。もしかして、幽霊さん……?」


 お兄さんのことはともかく、志依は俺に気付いたようだ。


「ああ居るぜ。志依あのさ、聞いて欲しいんだけど——」

「そ、そうなんです! 幽霊! 幽霊ですよ!」


 男はバカでかい声で言った。瞳孔が開いている。ひどく興奮した様子だ。

 しかも自分を肯定してくれたと思い込んで、ここぞとばかりに部屋での出来事を説明し始めた。


「こんな変な話でも、貴方は俺を信じてくれるんですね……!」

「え? あ、ああはい、まぁ……。あっ、っていうことは……うん、やっぱりそうだよね。あ、あの~ぅ、ちょっと待っていてください」


 瞳を輝かせる男に気圧されながらも志依はそう断って、窓とカーテンを閉めて去って行った。

 ちょっと待っていてくださいって……。この男に近付かせるわけにはいかないのに、志依のやつ、こっちに来る気か?


「志依ちゃんらしいね。あはは、まぁそう心配しないでもいいんじゃない? いざとなったら僕が金縛りにでもするから」


 お兄さんはいつもの調子で穏やかに言った。けど、目の奥が全然笑っていなかった。

 これじゃあ反論しようにも出来ない。くそー。何だかモヤモヤする。


 そうこう悶々としていると志依が家から出てきた。

 俺は脅かさないように、駆け寄りながら志依に声を掛ける。


「志依、こんな時間に1人で外に出たら危ないぞ!」

「え? 危なぁい? だって幽霊さんが居るもん。それに私のことは、幽霊さんが守ってくれるんでしょ……?」

「な。お前……!?」


 志依は俺の方をじーっと見て小首を傾げる。

 おいおいおい。何を当然のように俺を信じちゃっているんだよ、こいつは。

 志依の上目遣いに、今はもうあるかもわからない心臓の鼓動が速くなる。


「そ、そりゃあもちろんそうだけどさ……! つか親父はどうしたよ!?」

「お父さん? お父さんはお風呂だよ?」


 風呂ー? 娘がストーカーに自ら出向いている時に、呑気に風呂だぁ?

 もう父親でいる意味ないだろ。


「ええっと?」

「あ、すみません。あの~ぅ、もし良かったら、お部屋を見せてもらってもいいですか?」

「「は? 部屋……!?」」


 うげぇー! 志依があまりにも馬鹿な所為で、うっかりストーカー男と声をハモらせちゃったじゃないか!

 つーか志依は何考えてるの!? 危機感がっ、危機感が無さ過ぎるだろ、こいつ! 全く理解不能なんだけど!?


 そんな風に頭を抱える俺と、志依の馬鹿っぷりに思わず吹き出して笑うお兄さんが傍に居ることも露知らず、狙っていた女子高生の申し出だ。男は二つ返事をした。


「お邪魔しまぁす、ひっく」

「おいこら、馬鹿志依。男の部屋になんか上がったら駄目だって!」

「どうして? 駄目なのは幽霊さんの方だよ?」


 志依はまた小首を傾げる。その志依の目元がトロンとしているのは気のせいだろうか。


「くっ、危なさ過ぎる。お兄さんっ、金縛りって今出来ますか!?」

「うーん、まーそれは男の出方を見てからにしようか」


 心配しかないけど、相変わらずお兄さんは目の奥が笑っていないから妙に信用が持ててしまう。

 だけど男は志依が玄関を跨ぐと、ドアの鍵をかけて臨戦態勢になった。


「あはは……君って独り言が多いんだね。知らなかったよ」

「独り言じゃないれすよ、ひっく。あ。あれれすね?」


 志依は声色を変えた男に気付かずに、部屋へと上がり込んでしまった。


「おい、馬鹿志依! 一体こいつの部屋に何をしに来たんだよ!?」

「馬鹿じゃないもん。ぷんぷーん、ひっく」


 こらっ、質問に答えろよ! つかしゃっくり出始めているけど、風邪でもひいたんじゃないだろうな?


 俺は念のため、鍵を開けておくことにした。


「うちの幽霊さんがすみません。今、片付けますね」

「志依危ない!!」

「ぷぎゃ!」


 ズテーンと志依は顔から転ぶ。

 いやだって、男が志依の腰を抱き寄せようとくびれに手を伸ばしたから、つい突き飛ばしちまったんだ。


「志依ちゃん大丈夫!? も~何やってんの高校生~」

「いったーぃ」

「す、すまん。あっ、馬鹿! ぱんつ見えてんぞ!」

「……え、馬鹿? ひっく」


 とろい志依を待っていたら男に見られてしまう。

 そう思った俺は、こっちの方に顔を向けながら目を回す志依に構わず、体を重ねるように覆いかぶさった。


「ちょっと高校生! そんなことしても透けてるから! こいつには丸見えだから!」


 しまった。お兄さんの言う通りだ。

 お尻を突き出した志依の姿に気付いた男はほくそ笑むと、すかさず手に持っていたスマホをスカートの中に向けてかざした。


「こいつ撮る気か!? お兄さん!」

「わかってる!」


 俺が言うよりも早くお兄さんが止めようとした時。男はスマホを見てうわぁぁと叫んだ。

 信じられないものを見る目で、男はスマホを凝視する。


「ななな、なんでデーターが無くなってるんだ!」

「はぁ~? 今頃気付いたのかよ~? ったくも~、ほら志依。今のうちだぞ。早く立て。ぱんつもお尻も見られちまう」

「う、うん」


 志依は顔を真っ赤にしながら返事をすると、伏せっていた体を起こそうと腕を伸ばした。

 だけどそこで問題が起こった。

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