第13話 手を出したからには

 気配がして後ろを振り向くと、玄関の方を見つめたお兄さんが居た。


「高校生、あれどう思う?」

「お兄さんも見てたんですね。えっとあれって、花束のこと……ですよね? そりゃあ今日の今日なんで、妙な詮索はしちゃいますけど」


 お兄さんは腕組をして少しだけ黙った後、入口に寄りかかっていた体を起こして言った。


「引っ越してきたのって裏のアパートだって言っていたよね? 僕ちょっと見て来るよ」

「え! まじですか?」


 なーんて。本当はすげー気にしてたから、すげー助かる。

 お兄さんは微笑むと、志依たち2人の脇を通って玄関のドアをすり抜けて家を出ていった。

 よし、これでしばらくは志依を独り占め出来る。


「それに料理してる志依の背中見てるのって、新婚さんっぽくて堪んないだよな~!」

「……」

「どうしたんだ志依、ほっぺが赤いぞ? まさか頑張り過ぎて風邪でもひいたんじゃあ」

「う、ううんっ」


 違うよと志依は首を横に振っているけど、明らかに俺の方を見て頬染めていた。

 廊下を進む志依に俺も熱が集まる。


「お、お花可愛いね。そうだお父さん、花瓶はある? 1つは使っているから」

「ごめんなぁ、お父さんそういうのはあまりわからないんだ。なんだ志依、お花を買ってきていたのか?」

「うん……あ、このリシアンサスって知ってる? お供え物にしてもいいってお花屋さんに教えてもらったの。でもこれは私が買ってきたのとは別の——」

「志依、その買って来たお花はどこにあるんだ。お父さんに見せてみなさい」

「え……?」


 父親に見据えられて志依はうろたえた。


「お部屋だけど、どうして? あっ、お父さん!」


 志依の質問に答えることもなく、父親はさらに廊下を進み階段を駆け上った。


「な。一体何なんだ?」


 戸惑いながらも志依は父親を追って、俺もその後に付いて行く。

 階段ぱんつのチャンスだったけど、気になった俺は志依の体をすり抜けて父親の次に階段を登り切った。

 ちょうど暗かった部屋に電気がつけられた。


「あれか」


 そう言って父親は志依の部屋へ着くなり、テーブルに積まれた大量のポッチーに脇目も振れず、棚の上に飾ってある花を花瓶から引き抜いた。


「志依、これは捨てておくからな」


 父親は部屋へ辿り着いたばかりの志依に向けて柔らかい口調で言っていたが、有無を言わせない雰囲気があった。

 志依はショックを受けているみたいだ。


「ま、待ってお父さん」


 そんなんじゃあ聞こえないって。

 父親は階段を下り始めてしまい、志依は俺と1人、部屋へと取り残された。


 志依の小さな体が余計に小さくなってしまったみたいだ。

 しょぼくれる志依の姿を見て何か声を掛けてやりたくなったが、何て言えばいいんだろう。


「……で、でもよぉ、縁起でもないだろ? 自分の娘が供えもんの菊なんか部屋に飾って喜ぶ親がどこに居るんだよ。それに」


 俺はここに居る。花なんかどうでもいい。

 俺はそんなこと気にしなくていいから、お前に笑って欲しい。


「私のせいで命が……」

「え。いやいや違うだろ、関係ねーって。他人に献花なんてするお前は、むしろすげー優しいだろ」

「高校生!」


 振り向くと見える大きな窓に、お兄さんが居て俺はギョッとした。

 身を乗り出して部屋に入ってくる。


「何で志依ちゃん泣かせてるの!」

『ち、違いますって。親に献花捨てられて凹んでいるんですよ。別に俺は気にして、むぐぅ!』


 お兄さんに口を押えられた。その手を払って、志依に悟られないように小声で怒る俺に、お兄さんはヘラヘラと笑った。


「ごめんごめん、それよりも聞いてほしくてさ? やっぱり居たよあいつ」

『全く何なんですか……ん? あいつ? あいつって……まさかエプロン男ですか!?』

「うん。しかも部屋どこだと思う? そこ、だったよ」


 お兄さんは仰ぎ見ながら親指で大きな窓を指す。


『えっ、正面……?』

「そう、どんぴしゃり真正面だよ。もちろん部屋は偶然空室になったかもしれないけどさ、生霊を飛ばしているあいつが、志依ちゃんの部屋が見える位置に引っ越して来るっていうのは偶然じゃないはずだよ。あとそこを見てみな」


 お兄さんは窓に向き直ると、指を差した。

 向かい側に建つアパートの玄関ドアが並んでいる。ここからはエプロン男が引っ越してきた部屋の玄関ドアを中心に、左右にも玄関ドアが見える。


 けど、だから何だ? 玄関を出る度に志依に声を掛けるチャンスを期待しているのか? それはさすがに涙ぐまし過ぎるだろ。

 俺は眉根を寄せて首を傾げた。


「ドアに覗き穴ってあるだろう? そこにスマホくっ付けて盗撮してる」

「は!?」


 思わず大声を出してしまうと、志依の肩が飛び跳ねた。


「ごめん、怒ってないから。本当悪かった……」


 すぐに謝ると、志依は首を横に振って答えてくれた。

 相変わらずしおれている。

 落ち込んでいるところ悪いけど、お兄さんの話の続きが気になった俺は、一旦志依から視線を移して訊いた。


『つか、そんなこと出来るんですか。知らねー、きめー』

「僕も知らなかったけど、出来るらしい……。でもカメラのところに何か付けてたし、細工が施されているかもね。早いところ、志依ちゃんにカーテン閉めるように言ってくれる?」


 俺は頷き、早速志依に向き直って言った。


「志依。こんな時に悪いけど、カーテン閉めた方がいいぞ。外から丸見えだったから」

「え……? あ、本当だ。忘れてた」


 志依は慌ててカーテンを閉めると、1階から父親に呼ばれて階段を下りて行った。


「写真、ガッツリ撮られてました……?」

「うん。でも幸いお父様が邪魔でさ、上手く撮れていなかったよ。撮れていたとしても服を着ていたし、セクシー写真じゃないからまだセーフ」

「いや、セーフじゃないですって! それで脅されたりとかしたら……」


 俺の頭の中で、男に手足を縛られた志依が泣き寝入りしている姿が浮かんだ。


「うわあああああ!」

「煩いよ。大丈夫だから黙って」

「何が大丈夫なんですかっ。志依があいつに、あんなことやこんなことをさせられたりしたら俺っ」


 そんな俺を見て、お兄さんはお腹を抱えて肩を揺らしながら笑う。

 でもすぐに笑うのをめて、あのゾッとする表情になった。


「いいかい高校生。今こそ僕たちの力を使う時だよ」

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