第12話 手中

 そんなことがあった後、取りあえず俺たちは志依の買い物に付いて行ったんだけど……


「うわ~ニャオンモールとか久しぶり……ってお兄さんあれ!」

「うん、居たねぇ」


 あいつが、エプロン男が居たんだ。

 お兄さんが言っていた通り、生きた人間のようだ。入店すぐのここから見える、右手奥の花屋で働いていた。


「志依に気付いてますね」


 念が飛んで来ているようだ。志依は立ち止まって、ほぐすような仕草で右肩に手をやった。


「ねぇ高校生、気が付いた? 志依ちゃんが直接お出まししたから」

「生霊が居ない!?」

「念が同化したね。ってことは……ああ、やっぱり来たか」


 男はもう1人の従業員に何かを言うと店から出てきた。

 志依の部屋に入って来た時みたいにこっちへと向かってくる。


「まさか来るのか? 志依! 早くここから離れろ! ……くそっ、聞こえないか。そうだ憑依!」

「今はめてあげて。まぁ僕たちじゃないんだ。人前だし、悪さはしないさ」

「確かにそうですけど……」


 大型スーパーのただっ広い店内。歩く場所なんて幾らでもあった。

 だけど男は、歩き出した志依のすぐ後ろを横切る。志依のショートボブの髪とミニスカートの裾が、ふわりと舞い上がった。


 声でも掛けられるかと思って俺は冷や冷やしたが、男はビクッと肩を揺らした志依を置いて、そのまま奥へと進んでいく。


「なっ……え、どういうこと?」


 そう目を白黒させる俺の隣で、お兄さんは前に体を倒して笑い出した。

 何が可笑しいんだよと不信に思った。でもかぶりを上げたお兄さんの表情を見た瞬間ゾッとした。


「しょーもない。本当しょーもないねぇ~」

「な、何がです……?」

「え? ああ心配しなくていいよ、高校生。きっと声なんて掛けられやしないから。ただの片想いだろ?」

「え、でも」

「ああやって猫みたいにギリギリを通り過ぎるのがやっとだって。まぁそうだよね、相手は女子高生なんだからさ」


 そう話し終えて、お兄さんは安堵したようなテンションが下がったような顔をした。

 な、何か心を掻き乱されるんですけど……。


「あーあー面倒くさいよね~。僕たちみたいに欲望のまま動けないもん、生きてる人間はさぁ」


 ま、マウント?


「だから生霊なんて飛ばすんだろうけど」

「は、はぁそうですね……って、こいつまた戻って来やがった!」


 戻って来たといっても生霊の方。


 ——という訳で今、俺・お兄さん・エプロン男の3人態勢だったりする。(おっさんは除く)


「幽霊さん、今ため息吐いた?」


 お兄さん曰く、志依は緊張から解き放たれて、俺の声がまた聞こえるようになったらしい。

 何となく男の体の色が薄い気もするが、それも関係しているのだろうか。


 つか緊張って何だ? 買い物が出来ないくらい志依のやつは陰キャなのか?


「ふぅ。気のせいか……」

「いや居るって! 何でもねーから気にするなっ」

「う、うん。わかった……」

「ああ」

「ご、ごめんね? 急に声が聞こえたり聞こえなくなったりするから怖くて……」


 ガーン。


「こ、怖がるなよ。俺はお前を守るいい幽霊なんだから」

「う、うん……でも私なんか、何も守んなくていいよ……」

「え?」

「ただいま!」

「あ、お父さん」


 父親が帰ってきたらしい。

 志依は火を止めると、俺たちを置いてキッチンを飛び出した。


 パタパタパタ……


 俺はキッチンから顔を覗かせて、玄関に立つ志依の後ろ姿と、父親と見られるグレーのスーツを着た中年の男の様子を窺った。


「お父さんおかえりなさい」

「ただいま。ごめんな遅くなって。ご飯作ってくれたのか?」

「うん。今日から頑張るって決めたから……」

「志依……」


 父親は俯く志依の頭を撫でる。大きな手だった。

 父親は志依に比べて体が大きく、とても優しそうな人だった。お兄さんのスーツとはまた違う、きちんとした大人な印象を受けた。


「そうだ、志依にこれをやろう」


 そう言って父親から手渡されたのは、可愛らしくラッピングをされた小さな花束だった。


「ブーケ……? 買って来てくれたの?」

「ああいや実は今、表で貰ったんだよ。近々裏のアパートに越してくるとかで、荷物運んだりして騒音を立てるかもしれないからって、ご丁寧にこれを持って挨拶に来てくれた、若い男の人が居たんだ」


 父親に花束を貰い微笑みを零す志依の横顔を見ながら、俺は胸がざわつくのを感じていた。

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