第5話 キスからの……

 横向きではあるが、ちょうど目線の高さに志依のお尻、それからジャンプした胸が視界に飛び込んで来たもんだから、俺は思わず叫んでしまった。

 志依はシャワーを止めた後、髪を洗うためにその場でしゃがんだようだ。色白の素肌が、熱を帯びてピンク色に染まっている。


「すすす座って洗うタイプか。おおお俺と一緒じゃねーか……」


 空気を含んだ泡が髪全体に広がっていくと同時に、腕から肘、そして脇にも絡まるように滑り落ちていく。


 彼女なんて出来たことのない俺には、志依の姿は刺激が強すぎた。

 すりガラスから射す陽の光を浴びた体を、俺はまばたきも忘れてただひたすらに見惚れていた。


 しばらくして髪を流し終わると、志依は膝をついて体を洗い始めた。

 スポンジで首を洗っている最中、自分の腕が当たってしまうようで、胸がぷるんぷるんと上下していた。頂点に咲く薄ピンク色の花も、もてあそばれるかのように腕の動きに合わせて踊った。


「はぁーはぁー、はぁー。やば……死んでなかったら死んでたかも……」


 血が通っていたら、確実にぶっ倒れていたと思う。

 俺は息を乱しながら死人スキルを存分に活用し、志依の体をあるかもわからない脳裏に焼き付けた。


 体も洗い終わると志依はバスタブを跨ぐ。

 俺は端に寄って、湯の中へ入水する志依とは反対に、下から上へと視線を滑らせた。そのしなやかな姿に、俺は再び見惚れてしまう。


「良かった……」


 そう志依は、バスタブの縁にもたれながら独り言を呟いた。

 何てことない台詞だったが、俺は違和感を覚えた。言葉とは裏腹に、志依が浮かない顔をしているからだ。


「どうしたよ、可愛い顔が台無しだぜ?」


 そう言えば、お兄さんがもう泣かせないでって話していたっけ。


「仕方がねぇな。俺が……笑わせてあげるよ」


 恥ずかしい言葉を吐いてしまった。

 でも誰が聞いているわけでもない。なんなら志依の耳にも届いていない。

 俺は志依の輪郭に手を伸ばす。


「ほら、こっち向けって」


 さっきまでのチキンはどこへやら。あり得ないシチュエーションの数々に、いつの間にか気が大きくなっていたようだ。

 俺は志依の顎を引き寄せて、大胆にも志依に唇を重ねた。


「やわらか……」


 俺にとって初めてのキスだった。

 一度では足らなくて、俺はまた唇を重ねた。小さくて少しぽってりとした志依の唇はとても温かく、ちゃんと生きているのが分かった。


「ん……」


 しっとりとした息が志依の口から漏れる。

 まるで本当にしているかのような反応と、恋人でも見るかのようなうっとりとした目元。

 そんな志依が狂おしいほど愛おしくて、俺は涙を流しながらキスを繰り返した。

 まだ会ったばかりだというのに、こんな風に思うなんて可笑しいのかもしれない。

 でも俺の心はもう、ものすごく志依に惹かれていた。


「志依……あっ」


 胸を触ろうと手を伸ばした時だった。

 自分の体が、志依の体の中へ持っていかれるような感覚がした。いや、実際に持っていかれた。

 思いがけず志依の胸元に迫ってしまい、俺は慌てる。


「ちょ、お、おいっ。ラノベの主人公かよ!」


 同時にお兄さんの言葉が脳裏を横切り、このまま最後までしてしまおうかと決意した俺は、


「父さん母さん! 今をもって俺は男になる! だからいつまでも俺のことなんて哀れていないで忘れてくれ!」


 腰にありったけの夢を詰め込んで、志依の胸に飛び込む。

 くっきり輪郭がわかる志依の胸に、俺は顔を埋め……あれ? 埋められないのだが?


(な、何だっ? 何が起こった!? おっぱいが消えたぞ!?)


 どういうことだ! 解せぬ! 解せぬぞ!


 状況は読めなかったが、体が一気に温まる感覚だけはわかった。


(いやいや、むしろ熱いくらいだな? ん? 待てよ、これは熱いんじゃなくて……くそ暑い!)


 フーゥ、フーゥと肩で呼吸をしていると、俺以外の声が俺の中で聞こえた。


(だ、誰!? 熱いって何!? お、おっぱいが消えたって何のこと!?)


 動揺する志依の心の声が脳内に流れ込む。

 ここで俺はようやく状況を把握した。


(えっ、まさかお兄さん……一つになるってそういうこと!?)


 どうやら俺は、本格的に志依へ憑りついてしまったようだ。

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