第6話 邪魔者は消す!

「おかえり高校生、志依ちゃんどうだった? 君には可愛すぎたでしょう?」


 志依の後を追うように部屋へ戻ってくると、早速お兄さんが言ってきた。

 ちなみに俺は全裸ではなく元の制服を着ているし、志依は下で新しいキャミソールとミニスカートに着替えてきている。

 2階へ上る度に拝める階段ぱんつもいいけど、この誰にも見られていないと思い込んでいる無防備な生足もいい。


 けど初めに来た時と同じようにニコニコと笑うお兄さんを見て、なんだか子ども扱いされているような気がしてムカついた。

 だから俺は質問を無視して、花瓶に花を生け直す志依を視界の隅に訊いてみた。一つになるってそういう意味だったんですかって、ふてぶてしくな。


「うん、もちろんそうだけど……まさか君、本当に志依ちゃんを……?」

「なっ、何言ってるんですか! そんなことしてませんって!」


 そんな風に否定したが、すぐに俺はやっぱりしましたと言い換える。

 だって志依との関係に出遅れている分、ここに居るやつらと同列くらいには自分を持って行きたい。

 といっても、こいつらもみんな死人だ。志依が実際にこいつらと体で繋がっているわけではないことくらい、俺だってわかっているつもりだ。

 けど、そういう問題ではなくて俺の立場から見れば一緒っていうか、気分が良くない。


「つか立場ってやばいだろ。彼氏でもねーのに、ストーカーみてーな思考回路してんだけど俺。はぁ……」


 ため息が出た。でも考えてみたら、不成仏霊に転身した俺の人生は始まったばかりだ。もっと図太く行かねーと。

 俺が胸の中でそう鼓舞したタイミングだった。今まで絶句していたお兄さんが、ぷっと息を吹き出して笑った。


「ごめんごめん冗談だって、悪かったよ。どうせ何も出来なかったのはわかるし」

「どうせって……なんかすげームカつくんですけど? だったらそもそも変な誤解してる風に言わないでもらえますか!?」


 俺は噴出した。でも色々と気になったこともあって、憑依をした時の出来事をお兄さんに話すことにした。


 まず初めにした、キスの感触があったこと。

 次に胸に飛び込もうとしたら、うっかり憑依ひとつになってしまったこと。

 それからは、それまで感じなかった風呂の温度を感じて、すげー暑くなったこと。(夏はシャワーだけで済ます俺にはきつい)

 志依の心の声が聞こえて、俺の心の声も志依に筒抜けになっていて会話が出来たこと。


「意思疎通が出来るなんて思ってもみなかったから、まじびびって志依の中から出たんですけど、それでも俺の声が聞こえていたみたいなんです。こっち見て、目ぇ真ん丸にして固まってたから、まさかと思って『見えてんのか?』って訊いたんですけど、『声だけなら……』って。でも志依のやつ、『これは最近眠れていなかった所為だ』って言って、その後からは俺がいくら話し掛けても、否定するみたいに頭を横に振ったりなんかしてずっと無視してきたんですよ。言っても今はもう本当に聞こえていないみたいですけどね……。お兄さん、憑依するとこんな風に色んな——え、どうかしたんですか?」


 笑顔を凍り付かせたお兄さんの表情に驚いて、俺は思わず訊いた。


「ああごめん。ただ、へぇー……妬けちゃうなって思ってさ? 僕はいつも一方通行で、君みたいに志依ちゃんと話せたことがなかったから」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。あ、すごい優越感って顔してる。後から来たくせにムカつくなぁ~」

「それはお互い様でしょ? つかあのっ、お兄さんにはっきりと訊いておきたいことがあるんですけど……」


 言ったものの俺が切り出せずに口籠っていると、お兄さんは察したのかまた笑った。


「あはは。志依ちゃんとの関係が気になるんでしょ? 大丈夫、安心して。最後までなんてしていないよ。っていうよりも、実際のところしたくても出来ないんだ。僕たちが志依ちゃんと同調出来たとしても、彼女、怖がってすぐ僕らとの繋がりを拒否するからさ……。それよりも試してみていい?」


 そう言ってお兄さんは大きな声で志依を呼んだ。だけどやっぱり聞こえていないらしく、志依は何事もなかったかのようにベッドの上に移動して膝を抱えて座った。


 なんか本当元気ねぇよな……。


「まぁ今の会話にも反応してなかったし、聞こえてないよね……」

「いやいや、今の会話聞かれてたら俺し——あ、死んでたわ」

「ねぇそれやめない? 死んでるっていっても、僕たちは成仏しているわけじゃないんだし、寂しくなる」

「あ……すんません」


 確かに、お兄さんの言う意味は解る。

 すげー独特な感性かもしれないけど、結果的に今はまだ意識も体もあるから、俺たちにとって成仏することイコール死に値するわけで、正直御陀仏おだぶつ喰らってる感覚がないんだよな。


「にしてもあれ、カオスですね。確か霊道って言ってましたっけ? 何ですかそれ?」


 俺は壁から壁へ項垂れながら移動する、生気のない人の流れを指しながら訊いた。


「ああ霊道はね、例えば病院とか事故現場とか、人が亡くなった場所から神社や慰霊碑がある場所を結んだ場所に出来たりする道のことだよ。それだけじゃなくて色んなケースがあるみたいなんだけど、志依ちゃんの場合は連れて帰った霊が増えたことで出来た気がする。僕も神様じゃないから本当のところはわからないけどさ。でも困ったなぁ~、ただでさえ同居人多くて嫌なのに~。志依ちゃん狙いのやつがまた増えそうで心配だよ~」


 霊道を歩く人たちを眺めながら、ハの字に眉毛を下げるお兄さんの横で、俺はあることに気付く。


「左から右へ流れているだけで、一方通行っぽい? つかお兄さん、あいつらは何で俺らがこんなに煩くてもシカトし続けてるんですかね? よそ者扱いでもしてるんですか? 腹立つ」

「ああ、みんなは霊感がないからだよ。そう感じるかもしれないけど、互いに認識してないから仕方がないんだ。許してあげて」

「へ~……じゃあ余計に都合がいいですね……」


 え? と俺を見るお兄さんに向かって、俺は舌なめずりしながら言った。


「同居人、邪魔なら消しましょうよ!」

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