第3話 感度

 俺の見ている光景が当たり前なのか痴女なのか、彼女……志依はぱんつを取りに行くため、いやらしい視線を向ける男たちの中を恥ずかしげもなく進んでいく。


「君どこから来たの?」


 志依を目で追っていると、ふわりと香水の匂いがしてくる。

 俺に声を掛けてきたのは、親しげに志依をちゃん付けして出迎えた男だ。

 体型は細身でネクタイ無しのスーツ姿。で、前髪を横に流した外ハネヘアをしている。年齢は20代……前半くらいだろうか?

 夜の雰囲気があったが、ニコニコと優しい笑顔を浮かべているお陰で、爽やかな印象を受けた。


 ……とはいえ、怪しさは拭えない。状況が状況だ。こいつらは一体ここで何を……。

 なんて思い付くことは一つだった。視線は自然と可愛らしいベッドへ。


「いやいやそれはそうと! お前はこの俺が見えてんのか!?」


 まずはそこだろと、心の中で自分にツッコんでしまう。


「え? ああ僕も君と一緒で霊感があるからね、君が見えるよ」

「霊感……! ってまじそういうの嘘じゃないんだな、俺はないけど……。あああと、ちなみに! 一応ちなみに訊くけど! あいつとお前は、その……どういう関係なんだ? え? いやいやいや、勘違いするなって! 一応訊いているだけだかんな!?」

「んー? 志依ちゃんとはまぁ深い関係にあるけど……何? 君もしかして志依ちゃんのことが好きになっちゃったの?」

「へ? ばばばばか、そんなわけねーだろ! だる!」

「駄目だよ、好きになっちゃ」

「はあああ? なんで彼氏でもねーお前に言われなきゃならねーんだよ! 呪うぞ! こっちは何でも出来んだかんな!?」


 お兄さんが言う“深い関係”がショックで、呪い方なんて知らないのについ煽ってしまった。


「あはは。そんなこと言っちゃ駄目だって~。もう僕らは徳を積んでなんぼなんだからさ」

「はぁ? 何が徳だあ? ここでお前たちがしていることくらい俺でも分かるんだよ! くそ。ほら、いいいいから言ってみろよ!?」


 そう捲し立てて、俺は爆撃に備えてすぐ耳を塞ぐ。


「まぁ確かにお兄さんたちは、君が彼女に期待していたことと同じ行為は全部してきているよ。特に僕は、志依ちゃんの調子がいい時を狙ってる。でも呪うとかは無しじゃん?」

「調子がいい時……!?」


 そうなんだ。ああいう撮影って、そうなんだ。


「こ、コンディションが大事なんですね……」

「うん大事。だってその方が反応もらえるし、可愛いよ? そりゃあ贅沢を言えばもっとたくさん、長くしていたいけどさ? 志依ちゃんは常に感じられる人じゃないから仕方がないかな。怖がるし。でも感度はすごく高い方だと思う……って君、鼻を押さえてどうしたの?」


 もっと押さえるべきところがあると思うけど? と視線を下げて、お兄さんは笑う。俺は慌てて手を下半身へ移した。

 そして裸だということを思い出した。


「な、なんだよあいつ。清楚なつらしておいて、とんだビッチだな!」

「ちょっと君、気分が悪いな。志依ちゃんはビッチじゃないよ、俺らが勝手に襲っているだけなんだからさ」


 勝手にって……そういう種類かよ。


「でっ、でも実際そうですよね? なんで俺が責められなきゃいけな……え?」


 部屋の壁から壁へと消える人を見た。

 一人じゃない、何人もだ。見間違いじゃない。

 しかもよく見てみたら、ここの部屋に居る男たちみんなおかしかった。

 視線とか距離感とかが、まるで同じ空間に共存している感覚がないように見えた。


「なんだよこれ……?」

「あ~霊道だね~。とうとう開いちゃったかー」

「霊道? なんですかそれ……うわああああ! 顔が浮いてる!!!!」


 おたまじゃくしのように一筋だけニョロニョロさせた煙を顎からたなびかせる、顔だけのおっさんが浮いていた。

 ブラとぱんつと何かを持ってこちらへと近付いてくる志依の顔を、可愛いなぁ可愛いなぁと呟きながら覗き込んでいる。


「あっ、志依ちゃんお風呂かな? 外、すっごく暑かったもんね!」


 そうお兄さんが声を掛けても、志依は見向きもしない。

 それどころかお兄さんの体をすり抜けて、顔だけのおっさんと一緒に階段を下りていってしまう。


「あ、あのもしかしてお兄さんも、死人なんですか……?」

「うんそうだよ? 何だ君、気付いていなかったんだ。さぁそんなことよりも志依ちゃんの入浴タイムだ。君は見に行かないの?」


 お兄さんはあっけらかんと言う。

 混乱していた俺は思わず志依とお兄さんを交互に見た。しかし“入浴タイム”というパワーワードのお陰で、頭の中のごちゃごちゃしたものは一気に吹き飛ぶのだった。


「そんなの行くに決まってますよ!」

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