第2話 侵入者

 ひらひらと左右に揺れるスカートを遠巻きに愛でながら、小柄な彼女の背中を追った。

 完全にストーキングである。

 しかし誰も俺のことなんて見えやしない。もちろん彼女も同様に俺が見えていないから、見知らぬ男にまとわれているなんて夢にも思わないだろう。


 途中電車に乗り(壁ドンしてやった)、しばらく歩くと自宅に着いたようだ。


 ふーん、一軒家か。まぁこんな弱々しいやつが一人暮らしなんてするわけないよな。俺みたいな男が勝手に侵入してきたら何されるか分からねーし。


 彼女はおもむろに肩から提げていた鞄のポケットのファスナーを開ける。二本足で立つゾウのキャラクターが付いたキーホルダーを取り出すと、家の鍵穴に差し込んだ。

 どうやら親は不在らしい。俺は思わず笑みを零してしまう。


 ……実質透明人間だとはいえ、あーんなことやこーんなことをするのに親が居るとか、まじ萎え……気が引けるからな。倫理観に反する。


「おおーここがお前ん家かー、いいねー!」


 堂々と他人様の家へ不法侵入した俺が、すずらんのようなシャンデリアの下で手を広げながら思い思いに深呼吸をしていると、彼女は自分の家だというのにわざわざ隅っこで靴を脱いだ。靴を揃えた後、洗面所へと行き、鞄と花束を棚に置いて手を丁寧に洗う。うがいもした。


「しっかりやるねー。誰が見ているわけでもねーのに」

「今お水あげるからね」

「!!」


 喋った。なんか妙に顔と合う声をしていた。

 たった一言なのに、全身に電流が走ったみたいに感じた。


「へー。お前の声、結構可愛いのな? ……花に話し掛けるとかは変だけど。つかお前見た目からチョロそうだし、どーせしょーもない男にばっかモテんだろ、な? おい? シカトすんなよおい、聞いてんのきゃ——うわ!」


 叫びながら俺は腰を抜かしてしまう。

 花が枯れないようにと支度したくをする可憐な少女にたかる、ニタニタとした表情の男が鏡に映っていたからだ。

 そんな俺には気付かずに、彼女は水を酌んだ花瓶に花束の菊を生けている。


「なんだよ俺かよっ、びびったわ! 死人は映らないんじゃねーのかよ……——ん? おおおまじかっ、よし! そうそうそれだよ! それを待ってたんだよ!」


 赤いリボンを取ってスクールシャツのボタンを外し始めた彼女に、俺のテンションは爆上がりする。


 第一釦だいいちぼたんから一つずつゆっくり外していく様子に、俺は心底ドギマギした。


 生着替えなんて初めて見る。しかもこんな間近でだなんて。


 さっきまで煩く騒いでいたくせに、唾を飲み込む音にも細心に注意を払った。

 彼女の胸元から淡い水色が覗く……。

 程よく寄った谷間が顔を出したその後は、まるで果実のような丸い形の胸が現れる。

 彼女は全てのボタンを外すと、白いブラの肩ひもがチラ見えするキャミソール姿になった。彼女は続けて靴下も脱ぎ始めた。


 すると、はらり。肩からブラひもがずり落ちる。

 レースに縁取られた柔らかな胸が、重力に抵抗できずに零れ落ちそうになる。

 それから……


「あっ、ぱんつ」

「ぱんつ!」


 彼女はそう思い出したように言うと、前屈みになった姿勢を戻してしまう。

 それでもキャミソール姿のまま。

 下着を取りに行くのか廊下へと出て行く。スカートを左右に揺らしてパタパタと小走りする後ろ姿を、俺も全裸のままで追った。


「ぱんつってことは、つまりあれだよな?」


 俺の頭の中は、ブラとショーツが詰め込まれている宝石箱で埋め尽くされた。

 面積の小さい白いぱんつを眺めながら彼女と二階へ上がりきると、目の前にはドアがある。


「ほぅ……ここですか……」


 なんて冷静を装いつつ、俺が期待に胸を膨らませていると、ついに彼女はドアノブを引いた。


「!!」

志依しぃちゃんおかえ——……あーまた連れて来ちゃったか……」


 理性が崩壊しそうなほど、いい匂いで溢れた彼女の部屋。

 しかしそこは既に、男どもが群がる巣窟そうくつと化していたのだった。

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