第8話 夫大輝の裏の顔



 婚姻届を出した2人のうち一方がすでに外国で婚姻していたというケースでも、日本の役所でチェックしきれないで受理されてしまうことがある。



 実はジョセフはアメリカ人の父と日本人の母の元に誕生したハ-フだった。アパレルメーカー「バービ-ズ」はアメリカのブランドで、経営悪化により日本からの撤退を余儀なくされていた。


 東京芸大卒のバイオリニスト兼作曲家美咲の夫で、米国名:ショーン・ダイキ・オオタ・ジョセフ。日本名:太田大輝。


 実は…このブランドは父が社長を務めていたが、経営悪化で悪戦苦闘の挙句、苦労が祟り父が他界。既にアメリカで大恋愛の末結婚していた大輝(ジョセフ)だったが、急遽社長に就く事になってしまった。

 

 経営悪化の事実は知っていたが、これほどとは夢にも思わず就任しては見たが二進も三進も行かない状態だ。

 

 そこでどうにもならなくなり、妻の実家がアメリカカリフォルニア州で手広く農園を経営していた。春には苺🍓、夏にはスイカ、秋にはカボチャやトウモロコシ農園を経営する資産家で多少の援助を受けたが、それでも火の車。そこでアメリカ本社は妻に任せて、母の実家のある日本にやって来た大輝。


 だが、東京支社も思うような売り上げが見込めず四苦八苦している時、東京支社課長の山中35歳だけは、真剣に取り組んでくれていたお陰で撤退は何とか逃れていた。


 実は…山中がそこまで売り上げに貢献するのには訳があった。お金持ちのお嬢様で親戚筋が大手企業の社長さんや経営者で商品を店舗で販売して貰ったり、粗品や、会社のユニホ-ムなど、またお中元やお歳暮と言った具合に需要は幾らでもある。更には寝具やタオル、エプロンなど「バービ-ズ」の商品をことごとく利用してくれたので継続できていた。 


 それだけ頑張ってくれるので当然山中を特別扱いするのは当然だ。東京支社に営業成績がグラフで張り出されているのだが、これだけ心血を注いでくれる山中だけあって売り上げは常にトップ。


 だから営業成績トップの山中を食事や旅行など、数人の部下を引き連れ付き合いも頻繫に行われていた。それこそ……飴と鞭と言ったところだ。


 だが、大輝が望まずとも、山中がこれだけのイケメンに夢中にならない筈がない。全てを投げ出し尽くしていたのには訳があった。


 こうして…いつの間にか男女の関係を持たざるを得なくなってしまった大輝。




     ◇◇


 本国のアメリカで大輝(ジョセフ)は、ハ-フという事も有り当然差別を受ける事も多かったが、成績優秀だった事も有り幼少期からモテモテだった。どういう訳かハーフと言うのは万人受けする癖のない美形になりやすいのか、アメリカでも美形と持て囃されていた。


 こんな事情から大輝は自分の容姿を武器に、この難局を乗り越えようと思い立った。


 いくら山中が頑張ってくれようが、経営状態は一向に好転しない。

 東京支社に来てから女性は山中だけだ。それも全くタイプではない女だが、山中の強引さに負け関係を続けている。


 

 それは、こんなきっかけから始まった。

 2014年の事だ。営業成績ナンバー5までが食事に招待された事があった。それは豪華なホテルで開催された。その席で当然山中は営業成績ナンバー1なので社長の隣だ。


 お酒も入って上機嫌の山中が、社長に興味津々で妻の話を聞いて来た。


「奥さんと離れ離れでお寂しいでしょう」


「イヤ……妻とは……妻とは……上手く行ってないんだ」


「へえ―どうしてですか?」


「アメリカ人は気が強すぎて母が日本人なのでやはり……日本人の方が良いかなって最近は後悔しているんだ」

 酒の席で気が緩んだのか、家の事情を打ち明けてくれた事に喜びを感じたのと同時に、山中は今まで自分の心を制御していた事に気づいた。


(私がここまで会社のために頑張っているのは、会社の為ではない。ひとえに社長に振り向いて欲しくてがむしゃらになっていた気がする。これまで独身を貫いていたのだって理想の男性に巡り合わなかったからだ。でも……でも……今ハッキリ分かった。私の心にはいつも社長がいた)


 

     ◇◇


 社長と二人で取引先に出向く事も多い山中。ある日山中は金沢に出張になったが、それはどうしても社長と取引先に出向く必要が有ったからだ。

 

 仕事も終わりホテルで一緒に食事を取った夜の事だ。もう1人社長の秘書がいたのだが居利用で2人きりの食事となった。2人は和気あいあいと食事を楽しんで部屋に帰ったのだが、山中が部屋にカードキ-を忘れて部屋に入れない。


「フロントで聞いて来るよ。待ってて」


「アッ!社長待って下さい。私社長に話しが有ります」


「じゃあロービーで話を聞こう」


「寒いから社長のお部屋お借り出来ませんか?」

 確かに金沢の1月は氷点下の日も多い。


「そうだね!じゃあ……女性を男の部屋に入れるのは如何なものかと思うが、寒いから仕方ないか?」


「お願いします」

 ”カチャン”

 部屋に入った2人。


「何か飲むかい?」


「私がお茶入れます」


 椅子に座ってお茶を飲む2人。

「それで……話は何だい?」 


「社長……あの……社長……」


「なんだい。一体?ハッキリしないな?いつもの山中さんらしくないよ」


「あの~?私……あの~?私……社長の事が……好きです」

 大輝はキャリ―ウ-マンの男顔負けの到底女とは思えない山中に告白されて、いつもの常套手段をついつい癖で「妻とは上手く行っていない」と言った事を後悔した。


 きっと妻の事を聞くという事は、対抗意識の表れだと今までも幾度となく経験していたので口走った言葉だった。


 それは反射的に「妻とは上手く行っていない」と言った方が今まで自分にとって全て物事が好転していたので、そう口走ったのだった。

(山中さんも男に興味が有る女だったんだ)後悔してももう遅い。


「私……恥を承知で……こんな事を言ったのですが、私社長の為だったら……どんなことだって……結婚なんて……結婚なんて……出来なくても良い」

 そう言うと社長に抱き付いて来た。


「ダメだ!ダメだ!」


「私はどうなっても良いの!お側に……お側に……居させてください」

 尚も強く抱きつく山中そして…ベッドに大輝を押し倒した。


(ここで拒否すれば……ここで怒らせたら……仕事が益々大変になる。ウウン‼仕方ない)こうして…肉体関係を結んでしまった大輝だった。



     ◇◇


 美咲との出会いマッチングアプリ。大輝はお金の工面に四苦八苦していた。

 そして…四方八方金の工面で走り回っているが、それでも焼け石に水。

 そこで今流行りのマッチングアプリに登録した。


 それはズバリ金ズル探し!


 その中で何人か目ぼしい女性と会って見たが、金になる目ぼしい女はいなかった。

だが、美咲は違った。



 美咲の実家は大地主さんで、更に静岡でお茶の製造販売を代々経営する「春陽茶房」という有名なお茶屋さんだった。更には両親が事故でこの世を去り多額の保険金が支払われていた。


 さらに美咲自体が金のなる木。


 こうして…やっと探し当てたターゲットに巡り会えた。

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