第6話 不倫
実は警視総監の夫隆は、何も最初からあのような冷たい男ではなかった。あれだけ親の反対を押し切ってまで結婚した元警視庁一の美人妻麗子を、裏切る羽目になったのにはそれ相当の訳があった。それではその発端を掘り下げて行かなければならない。
それは麗子様の信頼を一身に集めている裏番長的存在のネイルサロン経営者で、蓮君ママ樹々の存在が有った。実は…樹々ママとの接点はネイルサロンでのお客様と経営者からの始まりだった。
腕の良いネイルサロン【アトリエJUJU】を経営している樹々の元に足蹴く通っていた麗子は、実は慶高学院に入学する以前からお客様として【アトリエJUJU】に通っていた。
出会いは3年前のある日の事だ。近くに評判のネイルサロンが出来たと聞いた麗子は、早速そのネイルサロン【アトリエJUJU】に出掛けた。
従業員も何人も居るが、やはり社長である樹々の腕がピカイチで評判の店だったので、樹々を指名した。そこで足蹴く通う内に親しくなって行った麗子と樹々だったが、子供同士が慶高学院を目指しているという事で、さらに親しくなり家族ぐるみの付き合いに発展した。
そんな時に食事に招待された麗子は銀座の高級レストランに出掛けた。
そこで何と……同じ大型ショッピングモ-ル関東地方の他、地方都市に多数ファッションブランド「バービ-ズ」のお店を出店しているジョセフ社長36歳と、同じく関東地方と地方都市の同じ大型ショッピングモ-ルに、ネイルサロン【アトリエJUJU】が4店舗あるのでジョセフ社長と樹々は顔見知りの間柄だった。
だから……地方のテナント会議の後、昼食を取ったりお茶を飲んだりする間柄ですっかり親しくなっていた。
そういう事も有りジョセフも招待していたので、麗子と3人の会食となった。麗子はク-ルでファッショナブルな、余りのイケメンぶりにビックリしてしまった。アパレルメーカー「バービ-ズ」といえばそこそこ有名なブランドである。そこに来てこんなハンサムで若い社長さん。すっかり舞い上がってしまった。
◇◇
「樹々オ-ナ-、麗子さんお綺麗な方ですね」
「そうでしょう。お店のお客様でもあり子供同士が小学校受験を目指しているので、情報交換がてら親しくさせて頂いているわ。更にはご主人様は警視庁のトップで警視総監様よ。凄いでしょう」
「今度京都に新しく完成した大型ショッピングモ-ルに僕のお店と樹々さんのお店が入りますよね。その時に麗子さんもお誘いしてモ-ルの視察がてら、一緒に京都見物でもしませんか?」
「わ~嬉しい。ジョセフさんからのお誘いなんて滅多とないのに嬉しいわ。早速麗子さんに聞いて見ます」
◇◇
麗子は3週間に1回決まって【アトリエJUJU】にやって来る。それも決まって水曜日だ。その日は御主人様と3週間に一度の2人だけのデートらしい。これだけ美しい妻なのでラブラブなのは分かるが本当に羨ましい限りだ。
こんな話を聞くと以前はラブラブだった事がうかがえる。いかにして大きな溝が出来てしまったのか?
3週間経った水曜日の午後2時に麗子は、またしても【アトリエJUJU】にやって来た。そこで樹々はジョセフに頼まれていた京都見物の話を振って見た。
「麗子さん実はね、この前ご一緒した「バービ-ズ」の社長さんがね、新しく出来たショッピングモ-ル視察のついでに、麗子さんもお誘いして京都見物でもと……おしゃっていたわ。でも麗子さんは銀座でお買い物なさるからお嫌でしょうね」
「イエイエとんでも有りませわ。アウトレットやショッピングモ-ルも、子供が行きたがるので行きますわよ。是非ともご一緒させてください」
こうして…小旅行と称して3人はジョセフのメルセデスベンツで京都に出掛けた。
だが、京都に樹々オ-ナ-が来ていると聞き付けた上顧客からの要望で、半日だけ麗子とジョセフだけになってしまった。
実は…このジョセフ樹々に「麗子さんをお誘いして」と頼んだのには訳があった。
当然警視庁のトップ警視総監様の奥様で、上客だと見込んでの事だが、ファストファッションの台頭により、高級ブランド「バービ-ズ」の人気に陰りが出始めているのは言うまでもないが、実はこの男……人に言えない秘密を抱えている。
そこで2人だけになったのでジョセフは麗子に聞いた。
「麗子さん樹々さんが半日仕事の都合で時間が空きましたが、どこか行きたい所は有りますか?」
「折角京都に来たのに半日は勿体無うございます。でもご迷惑ですから河原町でもぶらつきます」
「それでは……丁度紅葉の時期ですが、嵐山の紅葉見物はどうですか?」
「でも……樹々さんが昼過ぎには帰って来ますから……それから…嵐山は何回も行っているので……私は……樹々さんが帰ってから一緒で構いませんが?」
「嗚呼……時間が勿体無い。大原三千院の紅葉は又一味違って綺麗らしいですが。行きませんか?」
「…………」
「さぁ行きましょう」
強引に押し切られた形で車に乗り込んだ麗子だったが、2人は車で大原に向かった。紅葉と杉木立と紅葉が苔に映える芸術的な絶景の大原三千院。
紅葉のシーズンとあって杉木立に囲まれた有清園と、茶人「金森宗和」が江戸時代の初期に修築した美しい聚碧園が秋色に染まって、緑に囲まれた庭園が赤黄色のモミジで色づくさまは実に見事だ。境内では、青い苔庭に赤や黄に色づいた葉が美しく降り積もっている。
国宝の阿弥陀如来三尊像に参拝した後、30段ほどの階段があり金色不動堂に着いたが、上り詰めてへとへとの麗子がハアハア息を切らしていると、庭園の赤々と燃える紅葉の木陰の石の上にハンカチを広げてジョセフは言った。
「お疲れでしょう。30段は疲れますよね。ここに座って」
「嗚呼……ありがとうございます」
少し休憩してまた元居た駐車場まで紅葉を眺めながら下って行った。
その頃には麗子とジョセフは手を握っていた。
「麗子さんヒ-ルでお疲れでしょう。僕が強引にお誘いしちゃって……」
「いえ……よろしゅうございます。自分で……自分で歩けますわ」
「いえ……ダメです」
それは急な階段なのでジョセフが、危険を感じ強引に手を握ったのだ。
こうして…紅葉見物も終わり車に乗り込み帰路に就こうとした時、突然ジョセフが麗子にキスをした。
”ペッシ——ン”
「何をするのですか?まだ会って3回だというのに……それから……それから……わたくしには……夫が……」
「僕は……僕は……麗子さんにお会いした日から……麗子さんの事が忘れられなくなりました。こんな真似をして…許されないという事は分かっています。でも……でも……」
そういうと尚も麗子の唇を強引に奪い去った。
麗子は最初に会った時から”ビビビッ”と来て、過去にも未来にも、これ程魅力的な男に有り付けるわけなどない事は、嫌と言うほど分かっていた。
だから樹々さんにお誘いを受けた時は、舞い上がる思いを抑えるのに必死で、自分の気持ちを制御する事が出来なかった。だが、その反面今のこの生活、誰もが羨む頂点に君臨できたと言うのに、こんなことで全てを棒に振る訳には行かないと言う思いが交差していた。
(私は本当は夫など愛した事は一度もなかった。いくら警視総監様と言えども、20歳年上のよれよれになった男と、片やこのジョセフは自分よりも2歳年下の、これからの人物だ。それでも…これからの人物だと言うのに、地位も名誉もある絵に描いたようなイケメン。私は、あんなおじいちゃんと一生共にするなんて真っ平ゴメン。こんな自分の気持ちに噓を付いたままの人生に、どんな意味があると言うの)
そして…ジョセフの想いに身を委ねてしまった。
だが、ジョセフには………。
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