ミーシャとチカコ

久石あまね

猫を捨てたらこうなった

 「チカコ〜、チカコ、起きなさい」


 小学四年生のチカコは敷布団で寝ていた。起きるのが嫌だった。できればいつまでも寝ていたい。

 日曜日になった今日、ついに母親はを決行するらしい。

 チカコはアレをするのがめちゃくちゃ嫌だった。


 チカコは起きた。寝起きにしては素早い動きで敷布団を押入れになおした。


 リビングルームに行くと寝癖を爆発させた弟の清治がチャーハンを食べていた。我が家は朝に母親がフライパンいっぱいにチャーハンを作る。それを朝に食べるのだ。


 チャーハンを食べ終わった後、母親はチカコと清治に外行く用意しいやと言った。


 我が家は猫を一匹飼っている。名前はミーシャという。ミーシャは子猫のとき、チカコが近所の公園で拾ってきた。しかし大人になったミーシャはさかりがひどくなり母親を悩ませた。我が家は防音設備のない府営住宅なので、ミーシャのさかりは近所迷惑になるのだ。


 母親はチカコと清治とミーシャを乗せ車を発進させた。


 「お母さん、ほんまにミーシャ捨てるん?」


 「………」


 母親は口を結び黙ったままだった。鼻息だけ聞こえる。


 ミーシャが「みゃ~」と鳴いた。ミーシャはチロチロした目でチカコを見つめた。チカコはミーシャの背中を撫でた。清治は窓の外を眺めていた。


 「お母さん、どこ行くん?」

 

 チカコは心配そうな声でいった。

 

 「海のある街や」


 母親はにべもなくいった。


 車の外は激しい雨だった。国道沿いの外食チェーン店はランチ営業を開始し始めた。


 車は1時間半ほどで海辺の街についた。


 一同は車から降りた。


 雨風が一同を襲った。


 チカコはミーシャを抱っこしていた。


 「お母さん、ほんまにミーシャ捨てんの?」


 今更か、清治がお母さんにいった。


 「せや、もうあのさかりがな、我慢できひんねん、夜あれされたらな、お母さん寝られへんねん、仕事に支障出る」


 お母さんは遠くを見たような目をしていた。お母さんの髪は雨と海風で乱れていた。

 

 「ほら、ミーシャ逃がしたって、もともと野良猫やってんから」


 チカコは抱っこしていたミーシャをアスファルトの上にそっと置いた。


 ミーシャは座ったままだったが、ここに留まったままはいけないと思ったのか、フラフラと歩き出した。


 チカコは寂しい気持ちになった。心の中が空っぽになった。


 「さびしいよ、ミーシャ…」


 チカコは泣きそうになった。


 清治が自分のポケットの中にあるティッシュをチカコに渡した。


 チカコは鼻をかんだ。


 「ミーシャ、バイバイ…」


 帰りの車の中はお葬式のようだった。


 雨はいつの間にか止んでいた。


 「USJ行かへん?」


 清治がおもむろにいった。


 「ええな〜」


 お母さんが感情を押し殺したような声でいった。ミーシャを捨てたことに罪悪感を感じているのだろう。


 チカコはあまり乗り気じゃなかったが、賛成した。


 USJに着いたのは午後二時過ぎ。昼ご飯はまだだった。USJの前のサイゼリヤで食べた。


 USJではいろんな乗り物に乗った。楽しかった。ミーシャのことはいつの間にか忘れてしまっていた。それぐらい楽しかった。


 「さぁ帰ろか」


 母親が行った。


 帰りの車の中でチカコと清治は疲れて寝てしまった。チカコと清治にとって、USJは初めてだった。


 「チカコ、清治、着いたよ」


 いつの間にか、車はアパートに到着していた。辺りは闇に包まれ、シーンとしていた。時折テレビの野球中継が微かに聞こえてくる。


 我が家はアパートの三階だ。


 階段を登り自宅の玄関の前に着くと、チカコは心臓が止まりそうになった。心に閉じ込めてあったいろんな感情が一斉に暴れ出しそうになった。


 ミーシャが玄関の前にいたのだ。いつの間にかミーシャはチカコのアパートまで帰ってきていたのだ。


 「フゴォォフゴォ〜」


 一体何の声?


 母親が気絶して玄関の前に倒れた。口からはカニのように泡を噴いている。


 その瞬間、ミーシャが「ガオ〜」とさかりだした。

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ミーシャとチカコ 久石あまね @amane11

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