第3話復讐の心
私はあてもなく歩いている。
なぜあの日、息子は殺されなければいけなかったんだろう。
私は俯きながらため息をつく。
ふと顔を上げると目の前に喫茶店があった。なぜか私は惹かれるように喫茶店に吸い込まれた。
「ねえ、マスターこの記事こないだの女の話じゃない?」
金髪の少女は新聞を読みながらマスターに声をかける。
「この間の女性ですか?」
マスターはすっとぼけた声で返答する。
「ほら。こないだのメンヘラ女」
「メンヘラかどうかはあなたの想像でしょう」
やれやれとマスターはレモンジュースを差し出す。
「いや、これ見てよ。あの女、彼氏を殺害だってさ」
「おやおや、まさかそんなことが」
カランコロン
中年の男性がゆっくりと店に入ってくる。
「いらっしゃいませ」
「なんか辛気臭いおっさんじゃね」
「お客様に失礼ですよ」
「私も客だよ」
中年の男性は2人がけの席に座る。
「ご注文は?」
マスターが水を差し出す。
「カフェオレをお願いします」
「かしこまりました」
「私もお代わり頂戴」
「はいはい、後回しですよ」
「はーい、それにしてもこの被害者の男もメンヘラに気づかないなんてアホだよねえ」
「被害者を悪く言うもんじゃないですよ」
「あの」
気づいたら中年男性が近づいてくる。
「その記事、私の息子です」
「えっ!!」
金髪の少女は思わず罰が悪そうに立ち上がる。
「いいよ、座って」
「あ、すいません」
「いいんだ、うちの息子は確かに馬鹿だったと思うよ」
「えっと」
「うちの息子はね。真面目な子だったんだよ」
男性はカウンターに座って少女に語りかける。
「真面目な子だったから殺されたの?」
「女に騙されていたんだ。すべて自作自演のストーカーを演じててね」
「息子さんはそれに気づいてしまったのですね」
マスターが口を挟む。
「そうです。息子はその真実を知って女に問い詰めたんですよ」
男は手を振るわせる。
「それで殺されたんだ」
「まさか殺されるなんて思わなかったよ。私の前ではあの女はすごくいい子でね」
「そうなんだ。私たちさ。その女に会ってんだよね」
ガタンと男は立ち上がる。
「ちょっとびっくりさせないでよ」
「あったとはどう言うことだ!!」
男は逆鱗しながら少女を問い詰める。
「落ち着いてください。先日お客様としてこちらに来られたんです。」
「客?」
「お嬢さんも拳を引きなさい」
「ちぇ、正当防衛が成立するだろ」
少女はしぶしぶと拳を引っ込める。
「その女は何を話していたのか聞いてもいいか」
「お客様の話をするのはあまり」
マスターは口を濁す。
「じゃあ私が教えてあげるよ。そのかわり飲み物奢ってよ」
「わかった。マスター彼女に飲み物を」
「やれやれ」
マスターは用意してたかのように少女にレモンスカッシュを渡す。
「そんなことを言っていたのか」
少女がすべて話し終えると男は肩を震わせながら怒りを堪える。
「私が覚えてるのはこれで全部だよ」
「ありがとう、お嬢さん」
「お嬢さんって柄でもないけどね」
「しかしまさかあの女性が犯行に及ぶとは」
「私の言った通りじゃん。ヤンデレってやつ」
「私はどうすればいいのだろう」
男はゆっくりと立ち上がる。
「息子さんの件は私たちがどうこう言える立場ではございません」
「奥さんと息子の分まで生きるしかないよ」
「妻には先立たれてね。今は一人だ」
「あらら」
「私は女を殺してでも息子の無念を晴らしたい」
室内が静まり返る。
「真面目な息子がそれを望むの?」
空気を切り裂いたのは少女の声だ。
「それは」
「息子さんは最後までその女のことを信じてたから殺された。もちろん殺人はあってはいけないよ」
「だからなんだ!!」
「息子さんはあんたが殺人者になって喜ぶと思う?」
「私には失うものはない」
「本当にそうですかね」
マスターがカウンター越しからコーヒーを差し出す。
「どういうことだ」
「まだ分からないの?」
少女は呆れた声で言う。
男は困惑している。
「あんたは失うものは何もないかも知れないけど殺された息子の名誉は失われるよ」
「なっ」
「だってそうじゃん。悲劇の被害者の父親が人殺しなんてしてみなよ。息子は被害者から加害者の息子になる」
「なら、私はどうすればいい」
「息子さんの分まで生きて下さい」
「そんな簡単に」
「難しいとは思います」
男はゆっくりと立ち上がる。
「お会計をお願いします」
「かしこまりました」
男はお会計を済ませてゆっくりと店を後にする。
私はどうすればいいのだろうか。
息子の仇を取ることができないで生きていけるのだろうか。
ゆっくりと歩いているとサラリーマンとぶつかる。
「申し訳ない」
「いえいえ、なにかお悩みですか」
「えっ」
「苦しい顔をしている」
「わかりますか」
「はい、手伝えることがあれば」
サラリーマンは私に手を差し出す。
私は迷うことなく手を取った。
この手が神の手なのか悪の手なのかは今となっては判断できない。
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