第10話 『 アーリー・スプリング 』
小寺が玄関をノックすると、 程なく戸が開き、 中から若い男が無表情な顔を
のぞかせた。「はい?」
「あ、 郵便局の者ですが、 小包を配達に参りました」
そう言うと小寺は包みと伝票を男の前に差し出した。
「 … 」男はそれを手に取り、場所を確認してから予想外に几帳面な字を走らせ
「はい、 それじゃ確かに。 有難うございました」
小寺は努めて事務的に、 それでいて最低限の礼儀と愛想をわきまえた挨拶をする。
扉が締まる瞬間だった。
「あの、 おじさん」 男の声が聞こえた。
小寺は振り向いた。 見ると先ほどまで部屋の暗がりでよく分からなかった男の表情が扉から漏れている。 思ったよりも幼い顔立ち。
「はい、 何でしょう?」
「おじさん、グリーンでしょう?」
「ええ、 そうですよ」
「やつばり日中は外の方が気分良いですか?」
「ええ、 そりや、 まあ」
「そうで すか 」
「今日もいい天気ですよ」
「…グリーンっていいな」
「え?」
「僕もグリーンなら良かったのに」
そう言うと男は扉を閉め、また部屋の奥に戻っていくようだった。
小寺は黙ってそれを見送った。 そしてやおら踵を返すと郵便単車のある方へ駆けていく。 辺りの木々から陽光がこぼれて眩しい。小寺は単車のエンジンをかけ、 一旦止めた。 何かが聞こえた気がした。 耳を澄ますと昼下がりの小鳥が春の訪れをさえずっていた。
「うん、 もう少しの辛抱だ」
小寺は誰にともでもなく呟いてみた。
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