第8話 『 時間と恐怖、僅かな動き 』

 私は所謂グリーンチャイルドだ。それも純粋な意味で。両親はそれぞれ手術によって若い頃グリーンになったらしい。

「あの頃は大変だったのよ」 が母親のいつもの口癖。それに対して 「そんなこと言われても」それが私の小さい頃からの返し文句。

 父は一昨々年に『ゆずり葉』 で亡くなった。本当に穏やかな最期だった。「人生は実に不思議なものだねえ。自分がまさかこんな一生を送るなんて想像だにしなかったよ」 ホラー作家の端くれだった父親はべッドの上でそう呟いていた。

「僕はホラー小説ばかり書いてきたけど本当に怖いものは世の中にそう多くはないものさ」

「だからパパの本が売れるんだもんね」

「その通り」

 私は長らく父親の本の最初の読者だった。父親の作風はどちらかというと古風で、話の仕掛けがシンプルな分、人物の描写には深みがあった。

「どうしてパパたちはグリーン手術を受けたの?」

「深い意味はないさ。環境の為にただ自分たちにできることはないか、そう思った時政府の被験者公募があったのさ」

「怖くなかった?」

「うん、それが不思議とね。だって夢があるじゃないか。人間でありながら光合成をして、自らエネルギーを創り出すことができるんだよ」

 父親はそれこそシャワーを浴びている時のように溌剌とした表情で言った。その笑顔はまるで子どもがそのまま大人になったようだった。

 でも私は知っている。 二人がグリーンになった後の苦労を。もちろん二人の苦労話からではなく、グリーンの社会的地位の歴史としてだ。

 私が体験する大小様々な出来事もしかる後、その列の一端に数えられることになるだろう。それは父親の小説が文学の歴史的一端をかろうじて担っていることと同じ。そしていずれはそれも時間とともに風化していくに違いない。しかしそれは間違いなくそこに存在した。間違いなく。

 人間が人間であること。そして私がグリーンであることにおいて、恐怖は今も私を日々僅かに揺り動かしている。

 母親が庭で父が残した鉢植えの世話をやっている。まるで夫の世話を焼くかのように。

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