第30話 漏れちゃう
かき氷を食べ終えて、さらにアイスキャンディーまで平らげた茉琳は、幸せいっぱいの顔をして店を出る。
すると、
「茉琳さん、近くに駄菓子屋があると聞き及びました。寄ってみませんか。すぐ、そこなんです。ご一緒致しませんこと」
あきホンから 唐突に誘いの話が入りこむ。
「ご一緒。ご一緒! 良いなり、良いなし、良いなしな。お嬢さまからのお誘いみたいなし」
「了承いただいて嬉しいばかりですね。実は幼少の砌に良く通っていたお店なのですよ」
「へぇー、以外え、あきホン、見た目、何処かのお嬢様だしー」
茉琳の言葉を聞いて、あきホンは遠い目をして、嘆息しつつ、
「私くしは、そんなに大層なものではありませんこと。小さな寺の小童にございます」
力無く、言葉を吐き出していく。
「確かに、小銭握りしめて、店に入り浸ってましたね。オ………」
彼女の傍にいたゲンキチがボソッと呟いたのだけれど。間髪入れず、手入れされた黒い髪が棚引き、スカートの裾が翻った。
「ってえっ」
「余計なことで口を挟むんじゃねえ」
忽ち、しゃがみ込んで、俗にいう弁慶の泣きどころを摩っているゲンキチがいた。
あきホンは、微塵も乱れた気配のない長い黒髪を軽く振って整える仕草をして、スカートの端を軽く摘んで引っ張り裾の乱れを整えた。何事もなかったような澄ました顔で、
「茉琳さん、行きませんこと?」
目の前で起きたことに目をパチクリさせていた茉琳は、気を撮り直して
「いっくっなりい」
両手を上げて笑顔になって返事をした。しかし、一緒になって呆気に取られていた翔が、
[ダメだよ。茉琳! もう、寄り道すると帰りの電車に間に合わなくなるよ」
2人の間に入って、誘われて喜んでいる茉琳に釘を刺す。
「えー、でもぅ」
「見たいテレビ番組あるって言ってたの、茉琳だよ」
「あー!、そうなり。忘れてたなしな」
翔はあきホンへ
「あきホン、折角の誘いなんですけど、帰りの新幹線の乗り換えがあるんです。間に合わなくなってしまいます」
残念そうに事情を説明していく。
「そうでありますのね。残念ですこと」
眉尻を下げて聞いていた、あきホンではあるのだけれど、
「まあ、良いでしょう。又の機会といたしましょう。茉琳さん。次そそ一緒にいきませんこと」
「はいなりぃ」
納得してくれたようで笑顔を返してくれた。
そして、みんなで、かき氷を食べた和菓子店の前で、
「では、明日、大学の構内で、お会いいたしましょう。翔様、茉琳様、ご機嫌よう」
「あきホンも、ゲンキチさんも、また明日なりぃ」
「ほら、行くよ。電車に遅れるから」
あきホンとゲンキチに見送られ、茉琳は翔に手を引っ張られて引き摺られるように店を後にした。
だが、
あろうことか、あきホンの誘いを断ったというのに、乗る予定の新幹線には乗れくなってしまう。
見送られ、2人が駅につくと電車が到着するアナウンスが聞こえ、改札口を抜けて階段を上がり駆け降りると列車が丁度、滑り込んできた。左右に開いたドアへ駆け込むように飛び乗る。座ろうとするも車席が壁に長く取り付けてあるロングシートでが先に載っていた乗客でほぼ埋まっていた。仕方なく出入り口付近の吊り革に捕まって立っていることにした。
2人は荒れた息を整えつつ
「ふぅ、間に合った。マリンがアイスキャンディーなんて食べたいっ言い出すから、ギリギリだよ」
「ごめんなっし。でもね、スっごく楽しくてね、時間が経つのを忘れたなりよ」
「まあ、いいけどね。間に合ってよかったよ。どうなるかとハラハラしたんだからね」
と、茉琳は謝ってはいるのだけれど、あまりにも楽しそうな顔をするので翔は彼女に言うべき言葉じりが優しくなってしまう。
「全く、しょうがないんだから」
「えへへ、ありがと」
電車は発車して車窓の景色が流れ出す。茉琳はみんなで楽しんでいたあたりをじっと見ている。
「また、ここに来ようね。翔くん。私を連れてきてね」
外を見ながら茉琳は翔に話しかけた。
「そうだね。また、来ような。あきホンと約束したんでしょ」
茉琳は、振り返り笑顔を返す。
「よろしくなりな」
「お願い」
だが、茉琳の口から同時に異なる言葉が溢れた。
「ん?」
翔は一瞬、訝しんだ。しかし、
ブルッ
マリンの体が微かに震えたのを見て、
「どうかした? 寒いの」
「大丈夫なしな。なんでもないなり」
彼女がいつもと同じ、変な訛り言葉で返事をしてきたので、翔は変に安心してしまう。さっきのは幻聴かと思ってしまった。
その後、茉琳は外の景色を見ているのだが、何かがおかしい。肩が微かに震え、なんか腰が微かに震えている。
そうこうしているうちに、電車が二つほど駅に停車していく。
そのまま変わらず、茉琳は外を見続けていた。だが、だんだんと腰の震えが大きくなっていった。
翔は慌てて、茉琳の肩を引き寄せ、顔を覗き込んだ。
しかし、そのタイミングで間の悪いことに電車が左右に揺れ、振らついた茉琳は翔の胸にしがみついてしまう。
「茉琳。大丈夫か?」
問われても茉琳は返事を返さない。
ブルッ
茉琳の体が再度、震えた。
「茉琳!」
翔は語気を強めて茉琳に問いかける。ビクッと肩が震えて、彼女は顔を上げた。
「翔、新幹線の駅までどれくらいなしか?」
目をギュッと瞑り、苦しそうに何かを堪えながら、言葉を絞り出す。
「もうすぐだよ。次の駅だけど、どうかしたの? さっきから様子がおかしいよ」
「翔! ウチダメなり! もっ、もっ、もっ」
いきなり、茉琳の口から切羽詰まった言葉が飛び出す。
「漏れちゃうなし」
何がとは翔は聞けなかった。身じろぎをして、モジモジと体を震わす茉琳を見て察した。
電車に乗る前にかき氷に加え、アイスキャンディまで腹に収めた茉琳の膀胱が悲鳴を上げたらしい。駅まで歩き、在来線の電車のエアコンで体が冷えたことが拍車をかけたようだ。
「どうして、我慢なんかしたの。早く言ってくれれば途中の駅で降りたのに」
「だって、新幹線の乗り換えに間に合わないと思って………、うっ!」
茉琳言い訳するのだけれど、体の内からの疼きに、話を続けられないでいる。
「しょうがないなあ。あんなに冷たいの腹に詰め込むから。後、少しだから、我慢して」
「はいなり……… ううっ」
茉琳は返事をすると、翔の服をギュッと握りしめて、堪え始めた。
『………乗換案内です。新幹線上りは、5番線こだま※※行き、20分の待ちあわせ。下りのひかり%%行きは5分少々で到着します」
車内にアナウンスが流れた。
「茉琳、もう少しだからね。もう少し我慢してね」
「うっ、はいなしな………」
茉琳の服を握る力が強まる。さらに踵を小刻みに上げさせして堪えているようだ。
『##駅、##駅ぃ。この列車は清掃のため車庫に入ります。お忘れ物のないようにお願いします。##駅、##駅ぃ。この列車は1番線に入ります。降りられますドアは右側です」
到着のアナウンスが流れて、間を置かずに電車は止まる。すぐ様、開くドアを手でこじ開けるような仕草をして出ようとする茉琳の手を握り、翔は彼女を止めた。
「なして!」
「階段じゃダメだ。エレベーターにして」
翔は叫ぶ。
「どうして? もう出ちゃうなり」
「階段じゃ、足を踏み外して落ちる。絶対、転がり落ちるよ」
茉琳はウチなる衝動と惨状を思い浮かべて、体を震わせる。
「わかったなり…… ううっ、そうする」
彼女は膝を擦り交わせて覚束ない足取りでエレベーターへと向かった。降りた場所が良くて、すぐ近くに乗り口があった。更にエレベーターが上がってきてドアがすぐ開いたりした。茉琳はやっとのことで中に乗り混んでいく。
ドアが閉まり階下に降りていくのを翔が見た時、茉琳が悲壮な顔でドアガラスをどんどんと必死に叩いているのを目撃する。翔は、茉琳が無事にトイレに辿り着けるよう祈るのみであった。
そして、予定していた時刻の新幹線に乗ることはできないと覚悟するしかなかった。
茉琳と茉莉の心のアップリケ 〜残り物に福はあるなり〜 @tumarun
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