第29話 待ち焦がれていた かき氷
店先にバルーンPOPが置かれている。青の縞模様のカップに苺のシロップがかけられた、かき氷を模したもの。横には赤く氷の文字が描かれていた。
「見て、見て。これ、面白いなりよ」
茉琳は、その前にしゃがみ込んでニョキっと路上に置かれているPOPをツンツンと押して揺すっている。
「小さい子じゃあるまいし、お店のもので遊ばない。まったく何してるの」
「別にいいじゃない。なかなか可愛いなりよ」
茉琳は強めにPOPを押してみた。すると大きく倒れ込むものの、すぐに起き上がってくる。
「凄い、凄い。起き上がり小法師だね。アハハッ」
彼女は楽しそうに頬を綻ばせPOPを揺するのを止めないでいる。
「もう、そろそろ止めない? 壊れちゃうよ」
「でも、初めて見るなしや、こんなの。かき氷っていえば………」
『何、ひとりでぶつぶつ言ってるの』
そこへ、翔が茉琳に追い付いて話に加わった。彼女は慌てて手で口を塞ぐ。
「翔、聞いてたなし」
「んっ、何?」
「ならいいなりな」
「茉琳、あの暖簾みたいのでしょ。白地に波が描かれていて赤い字で氷! って書いてあるの」
「そうそう、それなし。世の中、色々と新しいものが出るなりね」
彼女は、目をキョドらせながら、ゴニョゴニョと返事を返す。
「そんなに面白いの。でも、あんまり遊ばない。壊れたらどうするの」
「倒れても、何度も起き上がってくる不屈さがいいなりな」
「全く、茉琳は、かき氷を食べにきたんでしょ。早く入ろうよ」
呆れながらも店の引き戸を開けて翔は中に入っていく。茉琳も立ち上がって彼に続いた。
カランカラン
と、呼び鈴が鳴って奥からでてきた黒いプルオーバーに和エプロンをした売り子さんが応対した。
「いらっしゃいませ」
「氷ください」
茉琳は先に入った翔を押し除けるようにして笑顔全開で注文をする。手まで振ってアピールをする。
「氷………?」
相手は何を言われたか、分からずキョトンとしている。
「ごめんなっし。かき氷でした。外に氷の文字があったんで。是非ください」
「えっ! あっ、あの。ちょっと待っててくださいね」
と言って、気を取り直し奥に売り子さんが引っ込んだ。
「どうしたのかなぁ?」
「なんか、慌ててたよ」
そんなおしゃべりをしていると、容器に一塊の氷を入れて売り子さんが出てきた。
「よかったです、冷凍庫に氷が残ってました」
「どうかしたなり?」
売り子さんが申し訳なさそうに説明した。
「実は、いつもは富士山の天然水の氷使っているのですが、先ほど売り切れてしまったんですよ」
「そうなしな」
「ですが、人工ですが冷蔵庫にありましたので出させていただきます」
「ヤッタァ、シロップは何かいいのあるなしか」
茉琳はウキウキと壁に貼ってあるお品書きを見てる。
「イチゴに、メロン、グレープ、レモン、マンゴー、ここはやっぱりブルーハワイで」
「何がやっぱりなんだか。俺は宇治金時にミルクで」
「えっ、ミルクあるの! お姉さん、ミルク追加でマシマシでお願い」
「ブルーハワイのミルクかけ、宇治金時のミルクかけですね。奥にあるテーブルでお待ちください」
売り子さんの案内で店の奥へ。奥の小じんまりとしたスペースにた太い丸太を真っ二つに割ったテーブルがおいてある。6人も座れば、満席になる。
シヤッ シヤッ シヤッ シヤッ
2人が席に座ると間をおかずにカウンターにある鋳鉄製の氷スライサーがブロック氷を回転させ、削っていく。茉琳がテーブルについて、両掌の母指球を頬につけて微笑みを見せている。
「この音、聞いてるとワクワクするぅ」
「確かにな。しばらく、かき氷なんて食べてなかったけど、期待感半端ないって」
そのうちに青と深緑の色のついた氷が入った発泡スチロールのカップが出されてきた。
「お待ちどうさまでした。宇治金時とブルーハワイ、ミルクマシマシで」
「待ってたなし」
両手をあげて茉琳は喜んでいる。
「キレーな青だしー。美味しそう。翔のも食べさせてね」
「デザートグラスなら、もっと気分でたかなぁ」
「すいませんね。かき氷始めばかりで露店用のを用意してたんで、色々足りないんですね。はい、スプーンストローです」
申し訳なさそうに売り子さんは話しをしてくれた。
「気にしないなしね。食べられれば良いなりよ」
ニコニコと青と白に彩られたかき氷を茉琳は口に運んでいく。
「茉琳、そんなに掻き込むと……」
「う〜」
スプーンストローを持ったまま、茉琳は手のひらの母指球で顳顬を抑えて苦悶し出した。
「キーンってきたぁ、治らないよー」
「それ見な、慌てて掻き込むから、そうなっちゃうんだよ」
と翔はゆっくりと味わうように氷を口に入れていく。
「う〜」
翔も顳顬を人差し指の関節で揉んでいる。
「キーンってきた」
「みなっシー」
そう、言い合いながら2人は、氷を口に入れていく。たい焼き屋まで歩き、食べて、お寺まで移動と体を動かして水分を欲していたんだろう、黙々、シャキシャキとスプーンストローでかき氷を口に入れていく。
すると突然、茉琳が自分の携帯を取り出して画面を見だした。更に口を開けて、スマホをどかす。
「見てみて、翔。舌が青くなってるよ」
デロンと舌をを出して茉琳は翔に見せた。舌先をウニウニ動かして淫美に見せようとはしているのだが、翔は一瞬、顔を顰めると、視線を外し顔を背けて、
「茉琳、可愛い女の子は、大口開けて舌なんか見せないよ」
茉琳は目を見開き、舌を引っ込めて両手で口を隠す。
「これなら良い? 可愛い?」
茉琳は唇から少しだけ舌を出してきた。
「おう、カワイ かわい 可愛いよ」
「なんか事務的なりー」
翔が目を逸らしたのは理由がある。茉琳が舌を出して見せた時に見えたのだ、舌にある3箇所の凹み。ボディピアスでタンセンターと言われる舌の真ん中に1箇所、その左右のタンリムと呼ばれるところにひとつづつの2箇所。ピアスは外しているのだが、跡が無くなり元に戻るのには時間がかかる。痛々しくて見ていられなかったのであったりする。
会話が止まり2人は無言でかき氷を食べていくと、
カランカラン
呼び鈴が鳴った。新たに客が入ってきたようだ。何気に茉琳は入口に視線を向けると、
「あきホン」
少し前に寺で2人を見送ったばかりなのに、あきホンが息を切らして店に入ってきた。
「なんかあったなしか? ウチ、忘れもんでもしたなりか?」
「ちっ、違いますよ。茉琳さんの話を聞かせていただいて、私くしも久しぶりに食してみたくなりまして、追いかけてきたのですね」
「そうなりか。みんなで食べれば美味しさも増すっていうなし。さあ、さあ、こっちきて座るなしな」
茉琳は座っていた長椅子を奥に移ってあきホンが座るための場所を開けた。
「ありがございます。ゲンキチも同席してもよろしいかしら」
彼女の影に隠れるようして気配を感じさせずにゲンキチがいたりする。
「いいなりな。ねっ、翔」
「おう」
翔も腰をずらして、ゲンキチの為の居場所を提供した。
「あきホン、遅れて来たなら駆けつけ三杯。何にするなしか。イチゴに、メロン、グレープ、レモン、ミルクもあるなりな」
「そうなのですか?。 知りませんでした。ならイチゴに………」
茉琳の言葉に疑いもせずにあきホンは、何にするか考え始める。
「待って、あきホン。待って」
翔は慌てて、あきホンを止めた。
「かき氷を三杯も食べたら、お腹壊しちゃうよ。ダメでしょ!茉琳。変なことを煽らない」
翔はは茉琳を叱りつける。
「ごめんなっし。あきホン。ウチ、ふざけすぎたなり」
「いえいえ、茉琳さん。それぐらいなら、大丈夫かと思いまして」
「「あきホン」」
茉琳も翔も彼女のお腹を見てしまう。
「ウフフッ、どうせ、水でありましょう」
「それはそうですけど」
「あきホン、相変わらずノリがいいなしな。これってやっぱし………」
深窓の令嬢にみえる、あきホンには連れ合いがいる。いつもさりげなく彼女の傍にいるんだ。
2人は揃って、そのゲンキチを見てしまう。
「えっ、どうかしました。俺は、みぞれでいいですよ」
割とマイペースらしく、のほほんとしているのが、あきホンに作用して肩の力を抜いているのかもしれないと2人は考えた。
「では、私くしはイチゴでお願いいたします」
「ミルクをかけると一だると美味しくなるなしよ」
「そうなんですね。では、ミルクも追加で、お願いいたしますわ」
「はぁい。ご注文承りましたぁ」
驚いたことに店の人が気を利かせて氷スライサーを既に動かし、カップには削った氷が山盛りになっていた。見る間にシロップが掛けられミルクも降り注がれていく。
「お待ちどうさまでした。みぞれとイチゴ、ミルクマシマシで」
「はやっ!」
カップをトンとテーブルに置いた、売り子さんの早業に驚き茉琳は思わず呟いてしまう。
「では、」
あきホンは驚き感心しながらも、スプーンストローを氷の山に、そっと差し込み、掬い取ると口に移し、じっとして目を瞑る。そして再び目を開けるとウットリとした表情を見せた。
「ほぅ、甘くて冷たいですわ」
その、艶っぽさに茉琳と翔は生唾をゴックンと飲んでしまう。
「茉琳、雅な女性って良いね」
「はいなり」
その横では、シャクシャクと氷を口にしていたゲンキチが、顔を顰めると突っ伏してしまっている。
「はう、キーンとした痛みが頭の奥に突き刺さって来ました」
その、痛々しさが思い出されて、2人とも顔を顰めてしまう。
「何、やってんだい。このすっとこどっこい」
そんな姿を見て、あきホンはゲンキチを叱咤する。
「全く世話かけさせるんじゃないよ」
と言いつつも、出されていた冷たいおしぼりを彼の額につけていたりした。
「茉琳、親分肌な姉御ってのも良いね」
「はいなり」
そんな、ちょっとしたトラブルがあったものの、みんな、かき氷を平らげて満足していった。
いざ、お勘定というところで、茉琳が
「これってなんなしな? いちご葛アイス?」
レジ横に置いてあった冷蔵ショーケースに貼られていた写真をみてしまう。
「ああ、それですね。地産のイチゴを葛で固めたアイスキャンディーです。食感が変わっていて美味しいですよ」
売り子さんの説明を聞いて、
「食べてみたい。翔! ウチ食べてみたいなし、良きなりね」
い俄然、食べる気になってしまう。
「かき氷も食べて、アイスキャンディーでしょ。どうなっても知らないよ」
「大丈夫! ウチのお腹、丈夫だもん。平気なしよ。お姉さん、ひとつくださいなしな」
「はい、ひとつどうぞ」
「おおきにな」
売り子さんからアイスキャンディーを渡されて、直ぐに包装パッケージをバリバリと破くと口に入れてしまう。
「うーん、プニってした噛み心地で、冷たいのと甘いのが程良く口ん中に広がるなし、何これ!美味しいなり」
しかし、満足したようで、頬も緩みがち。舌鼓も打っている。
「どうなっても知らないよ」
「ふふーん。平気だよ」
そうして店を後にした。
「ありがとうございました。またのお越しを」
売り子の挨拶に送られて……
………しかし
「翔! ウチダメなり! もっ、もっ、もっ」
拳を強く握り、太ももを擦り合わせて、忙しくモジモジしている茉琳が翔の前にあった。
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